【木曜日22-35】安岡正篤先生本(7)

古典に学ぶ

○安岡正篤先生の本。

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『人生の五計』(1997、2005)

●まえがき(安岡正泰氏)

・父が、八十有余歳の長寿を全うし得たのは(中略)身体と生活、精神と生活に緊張感をもって、常に自分自身を厳しく律し、本書の教訓である「人生の五計」などの心身摂養法を実践していたからであろう。

●第一章「生計」

・「天人合一」人間というものは、天に帰して天から人間を導き出す。

・悪いことがあったら、必ずそこに好いことがある。

・内臓器官の充電時間帯

・人間は、5時に起きるのがいい。
・本当の意味の睡眠は、たかだか続いて60分~70分。
・ぐっすり眠ることを、何回かやればいい、それで十分。

・曾国藩(そうこくはん)清末の偉人の言葉

 早起「黎明即起(れいめいそっき)し、醒後(せいご)霑恋(てんれん)するなかれ」
 目を覚ましてから、ぐずぐずするな。

・「朝聞夕改(ちょうもんせきかい)」
 朝に聞いて気づいたんだから、ただちに改めよ、今夕から改めるがよい。

・人間は変化があるところに、弾力性がある、創造性がある。
・西洋の学問をやっている人が、ちょっと東洋のいい書物を読む。
 東洋の学問をやっているなら、西洋の書物を読む。

・職業人になればなるほど、できるだけ余裕というものをつくって、別の世界、別の思想、別の学問といったものに触れる心掛けが必要。

●第二章「身計」

・ドイツ語で、本の先生、知識を与えてくれる先生は「レーゼマイスター」と言う。
 人生の師、道徳の師、人間の師は「レーベマイスター」 こちらは得難い。

・そうだよな、そうじゃないかといったような、駄目を押す言葉として「娑婆訶(ソーワーカー)」がある。

・孔子はさすが苦労人、人間通、それこそレーベマイスターの大先生。

・政治とか、革命とかいうようなことも、青年だけでも、老年だけでも、駄目である。青年と老年とを上手く配剤、合わさんといかん。

・教師は、みだりに人を教うる者ではなく、まず自ら善く学ぶ者でなければならぬ。
・『礼記』の学記という項に、「教学半」という言葉がある。
・教師というものは、まず学士、学ぶ人、学人であって、初めて教師になる。

●第三章「家計」

・結婚というぐらい人間として本質的な、かつ人間あって以来変わらざる根本的なもの、人間として歴史的にこれぐらい経験を積んできたものはない。

・人間というのは、矛盾から成り立っておる。あらゆる場合においてだ。

・家庭というものは、これは努力、創造の、クリエーションの場である。

・西洋の「愛する」という言葉の中には、敬がない。
 日本語は「愛する」ことを「参る」という。
・「参った」と言わなければ、本当の愛ではない。

・負けた相手を偉いと認識、感服すること。それが「参った」ということ。いい言葉。

・家庭では、子供は自ずから父に敬を抱き、また敬を求める。
・分業すれば、父の敬、母の愛。
・父自身が子供からの「敬」の対象たるにふさわしい存在たることが肝腎。

●第四章「老計」

・老衰ではなく、老熟。なれる、ねれる。
・年をとることは楽しい、意義のあること。

・人の身は、百年をもって最後となし、上寿は百歳、中寿は八十、下寿は六十。

・養生の術はまず心気を養うべし。

・頭は使うほど良い。
・難しい問題と取り組むほどよろしい。つまり鍛錬陶冶するほど良い。

●第五章「死計」

・死生の権は、天に在り。

・あらゆる国に、立派な人物をだすことしかない。

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『十八史略(上)』(1997、2005)

●まえがき(安岡正泰氏)

・父は、古典の学び方として、経書と共に、史書を読むべきと常に強調していた。
・「歴史的社会的に背骨ができたように思えたのは「史記」と「資治通鑑」を読破したことであった。」と語っていた。

●序章 中国古賢・先哲の智慧

・科学と哲学とは一致しなければ、双方ともに未熟。

・淡交、淡き交わりとは、言うに言えない至れる味を持った交わりということ。

・「君子豹変 大人虎変」一対の言葉。本来の面目を煥発すること。

・『十八史略』の中には、2715人の人物が登場する。
・編者は、元の曾先之(そうせんし)
・日本では足利末期に伝来。明治初期に大流行した。

・人間と動物とを区別するギリギリ決着のボーダーラインは「敬する」という心。

・東洋の学問は「中論」であるといってよろしい。
・もっと創造的な立場に立つ努力をするというのが「中立」であり「中行」であり「時中」
・『中庸』に「君子時中」とある。

・陰陽五行説

・独学では、東洋の学問はやりにくい。下手にやると、頑固な偏見やあるいは誤信をやる。

●第一章 三皇五帝・三代の治

・舜に自然に感化されて、人々が謙遜になって、畔を譲った。

・政治には、やはり自由と同時に、権威がなければいけない。

・視野が広い、先見性があってはじめて現在を指導できるというので、「相」という字が大臣の意味に用いられるようになった。

・傑出した政治家であり、大変な文化人であった「周公旦」を、孔子は理想とした。

・一番大事なことは、人材を得るということ。いい気になって驕ることは、すなわち人材を失うこと。

●第二章 中国思想の淵源

・シナの思想学問を、大きく分ければ、孔子系統と老子系統との二つに大別される。

・「君子は、盛徳ありて、容貌愚なるがごとし」利口さが顔に出るようではいけない。

・『中庸』は、孔子の孫、子思に始まるとされている。
・道家、老子系統の思想や議論が入っている。

・孔子、孟子、荀子と、これが三位一体で、この三人を併せ学んではじめて原始儒教というものが判明すると申してよい。

・孟子は、アイディアリスト。性善説。
 荀子は、リアリスト。性悪説。

●第三章 春秋覇者の台頭

・目に見えない裏面の庶民の道徳を失ったらおしまい。

・伝教大師が、威王の言葉に感動して、お説教に用いられた。
・珠が自ずから周囲をほのかに照らすような徳を養え。その徳を以て一隅を照らせ、これが国宝である。
・「一灯照隅」

・体で習うことを「習」と言う。

●第四章 戦国時代の英傑

・困窮した時には、何をしないかという点を視る。

・合従、縦に合す。連衡、横に連なる。

・「隗より始めよ」私のような者でも重用さるということが聞こえると、私より優れた人物は、千里を通しとせずして馳せ参ずることでしょう。

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『十八史略(下)』(1997、2005)

●第五章 天下統一への興亡

・始皇帝は、「朕」を、皇帝専用の称にした。朕には「きざす」という意味がある。
・未来をはらむ現実(Signe、きざし)
・現象となる前に早く、シーニュ、朕、サインをおさえることが大切。

・背水の陣 死地に陥れてはじめて生きる。

・国民が何かどっしりと落ち着く。内閣そのものも何となく安定し、重量感があり頼もしい。これが一番政治の大事なところ。がさがさすることが一番いかん。

・黄老、老荘の思想は、アイデアリズム、理想主義。
 孔子、孟子、荀子といった儒教は、リアリズム。

・純な女性は、クリエーティブ、創造的、つまり造化。
・自然に本具しておるものを損なわんように、女を養わなければならない。

・中国すなわち漢の歴史は、北方民族、蛮族(東夷、西戎、南蛮、北狄)との交渉の歴史。

・漢字は具体的。仮名は符号で抽象的。子供は漢字をよく覚える。

・(田中角栄さんは)どこかに東洋的な魅力、風格、思想というものがあれば、あれは人気が沸くと思うんですが、それがないというのは残念。

●第六章 「三国志」の主役たち

・日本人に筋金がはいったのは、鎌倉以降の徳川幕府の終わりに至る約700年の教学の伝統。

・人を使うのに、3つの条件がある。
 一つは、できる人間を選ぶこと。すなわち人を知る。
 知ってこれを用う。知用。
 用いてこれに任ずと、用うる以上は、任す。任用。

・賢者を知る。知って用う。用いて任す。任用が一番大事。

・「私の子が輔けるに足る人間だったら輔けてやってくれ。もしそれが不可なら君みずからがとってくれ」

・いろんな人物の才智を十分に発揮させたというところが、孔明の偉かった所以。

●第七章 長い戦乱と内乱の後

・東晋の宰相 謝安(しゃあん)
・教えるということは、口で教えるんじゃなくて、存在そのもの、その体、その行動そのものが教育なんだと、こういう謝安の見識。

・唐の太宗の政治をまとめたのが「貞観政要」

・創業と守成

・エモーショナルに人間を感情、情操の上からよくしてゆくことを、淑化という。

・ジンギスカンがほれ込んだ耶律楚材(やりつそざい)
・「一利を興すは、一害を除くに若かず」 一事を増やそうとすれば、その前に一事を減らす。

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投稿者:関根雅泰

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