【木曜日22-21】二宮尊徳(5)

古典に学ぶ

【木曜日22-21】二宮尊徳(5)

○安岡正篤先生の本を読んでいく中で、出会った二宮尊徳の本。

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「日本農士学校は、安岡が、菅原兵治のために建てたような学校である。」「金鶏学院は、菅原一人を得るためにあったようなものだ」と呼ばれたくらいの、菅原兵治先生の本。(参照:『人生の師父 安岡正篤』 神渡良平(1991))

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『野の英哲 二宮尊徳』 菅原兵治(1942)

・安岡正篤先生の漢詩

・「尊徳」先生を「損得」先生にしてしまいがち。
・今こそ、二宮を見直すべき時である。

・二宮研究の二派:温故派、知新派

・西洋文明は、木に例えていえば「末(枝葉)」のようなもので、東洋文明は、「本(根)」のようなもの。

・農本的生活においては、東洋が先進国。
・二宮尊徳は、東洋的農村指導精神を、日本的自覚の上に、雄々しくも築き上げた恩人。

・二宮尊徳の実績については『報徳記』に就いて学ぶことを勧める。

・37歳にして、ようやく、妻子と安らかに家庭の生活を楽しみ得る基礎の立ちかけた時、その一切を売却し、荒村櫻町に赴かんとの大決意。

・二宮翁こそ、身を殺して仁を為すを最も見事に行じ抜いた人。

・大決意、大覚悟こそ、二宮翁の教学、仕法の根本をなすもの。

・「報徳」教の真骨頂は、推譲にありしというべく、「勤労」も「分度」も、この「推譲」を実現して、自他に報ずる準備行動であるとみるべきもの。

・二宮翁こそ、誠に知行合一、学業一如の道を、いみじくも雄々しく歩みぬいた人。

・東洋学は、有機質の堆肥のごとく、西洋学は、無機質の化学肥料のよう。

・二宮翁を知るには、その語録たる『二宮翁夜話』を最も尊重すべき。

・文字(ことば)は、要するに芋(まこと)を掘り出す方便に過ぎない。

・「わが道は、至誠と実行のみ。」

・「神といい、儒といい、仏といい、みな同じく大道に入るべき入り口の名なり。」
・「これを別々に道ありと思うは、迷いなり。」

・「生きて仏なるが故に、死して仏なるべし。」

・小我を抑制し、大我的欲求を実現する。

・天道と人道との関係を、二宮翁ほど、判然と説いた者はいない。

・水車のたとえ

・人道は、中庸を好む。

・「天理」の世界は、無前無悪であるが、「人道」の世界は、有善有悪の世界。

・すべての事に、功徳天と黒闇天が必ず併存する。
・勇敢に「善」と信ずる一事を実行せねばならぬ。

・「蒔かぬ種子は生えぬ」因の無き果は存ぜぬもの。
・「遠きを謀る者は富み、近きを謀る者は貧す。」

・翁の経済生活の指導原理は「勤労」「分度」「推譲」の三綱領である。

・推譲の因は、分度。分度の因は、勤労。
・勤労の果は、分度。分度の果は、推譲。

・勤労は、報徳道における陽的(積極的)因子であって、分度はその陰的(消極的)因子である。

・自らを省みて、省くことを忘れて、徒長しやすい。
・一字をもってかえりみて、不要を省くという意味を有していることは、誠に理趣ゆかしいことである。
・分度を立てるためには、この「省」が必要なのである。

・『報徳記』『二宮翁夜話』『報徳分度論』この三者が王者の地位。

・歳入の1/4を、他に推し譲るなり。

・「恩」という字は「因」と「心」で「因を思う心」の意である。

・その一分を子孫に譲り、その一分を他人に譲る。

・我道において、最も尊きものは、他譲にあり。

・他譲は「損得」というよりも、寧ろ「尊徳」を以て論ずべき道徳の問題なのである。

・東洋思想と西洋思想の根本的特徴は、総合主義と分裂主義との差にある。


・西洋思想は、対立主義、排他主義の上に立つに対して、東洋思想は、総合主義、一園?主義の上に立つものである。

・他のために譲ることは、廻りまわって、畢竟自己のためにもなるものである。

・農を本とし、商を末とする農商関係。

・徳(道徳)と財(経済)とを分かつて二物となすことは、分裂主義の西洋思想に捕らわれた大なる誤りである。

・部分が生きて、全体が死ぬ。

・政治の根本的要素は「法」には非ずして「人」に在り。
・「人」が本で、「法」は末である。

・いかなる教義も仕法も、之を示す「其人」を得るに非れば、糞桶中の飯たるのみである。

○埼玉県比企郡菅谷村=現嵐山町。この場所に、今は「郷学研修所・安岡正篤記念館」があります。

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○菅原兵治先生の詩「一本の杭」

 濁流滔々として
 奔流する時
 そこに立つ一本の杭
 それが流れを変え
 中州をつくり
 新天地をつくる
 その立場の
 その郷土の
 一本の杭となる

『師父列伝~わが内なる師父たち』関根茂章(1997)より

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『Ninomiya Sontoku His Life and “Evening Talks”』Edited by Tadaatsu Ishiguro(1955)

○関根茂章先生の『師父列伝~わが内なる師父たち』(1997)に載っていた本。Amazon U.K.で手に入れ、イギリスから送ってもらった。

・Returning Virtue for Virtue 報徳

1.Ninomiya Sontoku-a Peasant Saint by Kanzo Uchimura

○内村鑑三の「Representative Men of Japan 代表的日本人」(1908)の中で「二宮尊徳-農民聖者」として和訳されている。

・He procured a copy of Confucious’ Great Learning. 孔子の「大学」

・He learnt that Nature is faithful.

・The art of love(仁術)alone can restore peace and abundance to those poor people.

・Selfishness is of beast and a selfish man is of beast-kind.

・He stood between Nature and man.

・The method that can rescue a village can rescue the whole country; the principle is just the same.


2.Life, Character and Teaching of Sontoku Ninomiya by Hyoji Sugawara

○菅原兵治先生の本。英文もご本人が執筆?

・Sontoku, meaning Respecter of Virtue.

・He made himself master of Confucian, Buddhist, and Shinto doctrine.

・His thoughts and ideas are therefore not scholarly products of book-reading and thinking, but are the crystrallization of his actual experiences extending for years.

・He put to test things he had learned from books and then adapting only what he found as true, he moulded in into his own, which is known by the name of Houtoku-kyo.

・「Houtokuki」「Ninomiya-Oh-Yawa」「Houtoku Bundo Ron」の3冊

・Ninomiya’s teaching is synthetic.

・Impartial view of all things without regarding them as either good or evil, the sage calls the Celestial law. 天の法則 天道

・View of things regarding certain things as good and other things as evil, the sage calls the way of man. 人道

・The Way of Man is like a Water-Wheel. 人道は水車のよう。

・The keynote of Ninomiya’s teaching is concession. 推譲

・Economic life in the modern world standing on the principle of free competition among individual persons having now come to a deadlock.

・The teaching of Sontoku Ninomiya will show something new and true to thinking people who are in quest of the way of salvation of the world from the distress under which it is groaning.

○今の時代もまさにそう。資本主義、自由主義の行き過ぎ。二宮尊徳の「分度、余剰、推譲」から学ぶことは多い。


3.Sage Ninomiya’s Evening Talks by Masae Fukuzumi, Translated by Isoh Yamagata

○「二宮翁夜話」から。

・There is only one true way under the sun, Shintoism, Confucianism and Buddhism are nothing but the names of the entrances through whice one pass on to the true way.

・The key note of my teaching is nothing more or less than sincerity and practice. 誠意と実践

・I have adopted the essence of each of these three doctrines. By essence I mean what is useful to mankind.

○二宮尊徳は、Pragmatistだったのかも。

・Do your best and leave the rest to heaven 人事を尽くして天命を待て、かな。

・In the Bood of Great Learning it is written that the aim of learning is to elucidate virtue, give people a new spirit and make oneself capable of doing the highest good.

・Great things result from little things. 積小為大

・My way consists of the three component parts of industry, thrift, and concession. 勤労、倹約、推譲

・Never exchange cups. Drinking is done not for the purpose of merry-making, but for refreshing oneself from exhaustion.

・It is the way of concession, namely living within one’s means and conceding or giving to less fortunate people what he has saved.

・Business should be conducted in such manner as both seller and buyer are glad.

・Do not desire to achieve success quickly.

○二宮尊徳の五世孫の尊道氏が、ご恵贈された本のようです。

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『二宮先生語録』 斎藤高行(原著)佐々井典比古(訳注)(2020)

・「二宮先生語録」「二宮翁夜話」「報徳記」の三著が「高弟の名著三部作」と認識されている。

・人の道として、推譲にまさるものはあり得ないのである。

・入るを量って、出ずるを制するのが昔の良法であった(礼記、王制篇)

・わが道は、恕(思いやり)を肝要とする。

・分度を守って、余財を推しゆずる。
・分度を守って、余財を譲り、貧民をめぐむ。

・人を戒めようと思ったら、まず自ら戒めることが肝心である。

・今日譲る徳によって、昔施された徳に報いるべき。

・人の人たる所以は、推譲にあるのだ。

・読書は縦糸、実践は横糸である。
・書物を読んで実践しない者は、ただ覚えていて人の問いに答えるだけである。
・実践する段になれば、一字一句さえ、一生行っても行いきれないものがある。

・教学と実行とが相まって始めて、修身斉家ということがらが成就できる。

・実行してみて善になるようなものが智慧であって、実行した結果が悪になるようなものは、智慧ではない。

・父母を安心させるには、心を正しくし、身を修めるがよい。

・才人は道徳に乏しい。
・大学、中庸の道を行い難いものとしている。

・「腐れ儒者」
・俗儒の言行不一致が儒教に対する二宮先生の批判的態度を養った。

・おのおのその道があって万世かわらない。これを「経」という。
 おのおのその道を行って今日を正しく営む。これを「今日」という。

・こちらにそれだけの家産を与える資力がなかったならば、みだりにさとしてはならない。その資力もないのに、ただその道理だけを説いても、それは空言である。

・身を修めて、人を治める者は、富貴を得、怠惰で人に治められる者は、貧賤を免れない。

・人を教えても従わない時、それを怒るのは不智というものだ。それを捨てるのは不仁というものだ。

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参考:

投稿者:関根雅泰

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