【木曜日22-17】「比企学」安岡正篤先生(2)

古典に学ぶ

○埼玉県比企郡嵐山町に、日本農士学校を設立された安岡正篤先生の本。

読めば読むほど、もっともっと勉強したくなる。

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『人間としての生き方~現代語訳「東洋倫理概論」を読む』安岡正篤著・武石章訳・安岡正泰監修(1929・2008)

第一編 志尚―早年の倫理

・孝行は、まず親が楽しんでくれるところにある。

・「お前のために説いてもかまわないのだ。然し、そうすればおそらく後日お前は私を恨むことになるであろう」

・陶冶:試練を加え育てる、生まれついた性質や才能を鍛えて練り上げる

・人物研究の対象は、偉大な英雄哲人に限るものではなく、小人奸物も含め、あらゆる人生を観察して、その中に向上の機会ときっかけをつかまなければならない。

・「(孔子)私は、いわゆる無病の者に、灸の押し売りをやった者だ。」(荘子の首章にある物語内)

・人物研究の二邪道:浄土派(浪漫派、理想派)穢土派(自然派、現実派)
・人物研究の正道は、「人道」という見地に立つべき。人間に対して、おのずから敬虔に、温かく寛容であるべきであることが道である。

・女性は、造化の統一潜蔵の力を本来の務めとし、男性的原理によって分化対立してゆく世界をそのままに統一調和して、元の天、本来の姿を保ってゆく。

・愛は、人を無我にし、無欲にするから、またそこに静かな落ち着きや真の勇気を生む。

・恋と音楽と酒とほど、人間に好ましくも、また危ういものは無いのである。

・今は、科学と論理と経済生活とが万事という時勢である。

・「よらしむべし、知らしむべからず」の真義
・経綸(国家を治める政策)は、目の前の利益を追う民衆と相いれないことが多い。ただ、誠を以って民を信頼させなさいという意味である。

・日本こそは、変化の裡に、不変を示す誠の国ではないか。
・天子から庶民に至るまで、皆が一律に身を修めることを根本とする。

・啐啄同機(さいたくどうき)
・何のために学ぶのか。何のためでもない。学ばなければならないから学ぶのだ。学ばずにはいられないから学ぶのだ。

・結婚は、人を着実な道義的生活に入らせる門でなければならない。

・真の学問は、先ず何によるべきか。それこそ、善き師友、活きた人物の感化に勝るものはない。次に、諸の書物、ことに古典である。
・抽象的一面的な理論(例:マルキシズム)ほど人物を教養する力は薄いのである。

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第二編 敬義―中年の倫理

・夫妻二人協力して、家を幸福なものとし意義深いものとする大いなる心に生きなければならない。
・夫婦は、二人で協力して家という道に参加する人格的結合である。

・結婚は、正しく人が天となる―人間が造化となる準備行為(補天 生かされつつ、生きてゆこうとする態度)である。

・親は同時に教育者でなければならない。

・若人が、親のおかげで経済的に恵まれることは、人間の尊い完成に役立つものではない。
・貧苦は、かえって人間の骨力を養う。

・我々は、結婚によって一段と進んだ創造的生活にはいり、父母となることによって、更に日新の生活に努力しなければならない。

・単に衣食の手段となれば、職業はつまらない。
・勤労は、造化の本質である。

・「考へれば ほんとに欲しいと 思ふこと 有る様で無し 煙管を磨く」石川啄木

・「私がよく木をつかせ、茂らすわけではない。私はただ木の天に順って、その性を発揮するだけだ。」

・独の生活こそ、「壺中(こちゅう)の天」である。

・嵆康(けいこう)(三国時代の魏の詩人 竹林七賢の一人)の「七不堪二不可」
・自分は面倒くさいことが大嫌いだ。

・真に人を愛するには、かえって独りを楽しむ者でなければならぬ。
・「読書尚友」 書を読んで、昔の賢人を友とする。

・人格的にも早年から中年に進んで、家庭生活、社会生活等の経験を積んでくるほど、滓(かす)が溜まる。修養してこれを洗い流さなければ、人格的に病人あるいは亡者である人格が低劣でつまらない俗物小人になってしまう。
・(心の汚れを洗い流して生きる)には、独の生活が最も必要である。

・無名公は、酒を太和湯(たいわとう)と名付けた。多くを飲まない。ほろ酔いでやめる。呑み過ぎることを喜ばない。

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第三編 立命―晩年の倫理

・誠に人の晩年は、一生の総決算期で、その人の真価が定まる時である。

・(荘子の妻)今や彼女は安らかに天地の巨室に眠っている。

・造化が我を死に近づけるのに、私が死ぬのを拒むのはそりゃ強情だ。

・死にたいとか、死にたくないと考えるのは、心を以て道を捐てる(すてる)もの、あるいは人を以て天に干渉するものである。

・芭蕉の覚悟「一句として辞世でないものはない。どれであっても辞世。」

・死の覚悟を、死に臨んでの自暴自棄と誤ってはならない。死に臨んで捨鉢になるのは、肉欲でしかない俗な心であることの証である。

・「修行をし続け恩に報いること、行持報恩」が、人生の本質に触れる問題である。

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『郷研清話』 安岡正篤(1991)

・「楽しみは苦界にあり。極楽に楽しみなし。」 小倉無憐先生(江戸深川の篤学者)

・かんじんかなめ 肝臓・腎臓・腰

・内部の生理状況は、悉く顔面、面相に出ている。

・神は外に在るのではない。ちゃんと我が身の中にも在します。

・人間の真実の正しさは、小事に於ける行に表れる。尋常日用の工夫に徹するのが大修行なのである。

・至れる女房のことを、糠味噌女房という。

・古人は、読書の方法として、三上を説いた。一は、馬上、今なら車上。二は枕上、特に語録などは眠りを清くする。三は厠上、便所の中だ。これだけでも大した学問ができる。

・心の汚染を慎む。そのためには、つまらぬ小説や愚論に類するものはなるべく読まぬようにすると共に、心が浄化されるような立派な書を読むべきである。特に、朝、30分で良い。

・「五十にして、四十九年の非を知る」

・自分というのは、自由と分限、分際というものを結んだ言葉。我々は、自としてと同時に、分として存在しておる。

・人を観るときは、前より後ろから観るのが良い。前はつくろえるが、後はごまかせないからだ。

・由らしむべし、知らしむべからず。「あの人」がやるんだからという信頼さえ勝ち得ておれば、それは政治になる。

・頭脳はいくら使っても悪くなりません。むしろ使えば使うほどよくなるもの。

・平尾厚泰の家訓:
 一、陰徳を積む 一、足るを知り、奢らざれば禍なし 一、財を残すより善事に使え

・少して(わかくして)学べば、壮にして為すあり。壮にして学べば、老いて衰えず。老いて学べば、死して朽ちず。(佐藤一齋 言志四録)

・六中観
 一、忙中閑あり 一、苦中楽あり 一、死中活あり 一、壺中天有り 一、意中人有り 一、腹中書有り

・経済というものは、本来、矛盾衝突を内包するから、利害による怨みが出やすい。

・故い友人を持って居る者ほど本物。

・読書して疲れるようではまだ本当ではない。疲れた時、読書して救われるようにならねばならぬ。

・人生は退屈することが一番いけない。断えず問題を持つ者が、精神的に勝利を占める。

・子を育てることは、それ自身一つの道徳だ。

・老いねば本物にならぬが、本物になる頃は、もはや人生の終点だ。この矛盾が人間の悲劇である。

・太い筆で、細かい字を書く。これが人生を渉る秘訣だ。

・省(かえり)みることによって、煩瑣なことを、はぶくことが肝要である。

・自分の心に響いたものを掴めなければ、著者の精神も掴めぬ。

・教育者が、自分の教える相手から、自分も教えを受けようとする気持ちがなくなると馬鹿になる。先生課業の者は、沈黙の時間を努めて多く持つようにしないと、気が荒む。

・社会的に忙しい者は、個人的内省が薄れやすい。

・子供を偉くするには、父親が永遠の童心を持つことである。

・日本農士学校は、「郷学研修所」として(埼玉県比企郡嵐山町)に現存し、安岡先生没後も、道の学問の聖地として活動を続けている。

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『人間と縁』安岡正篤(2015)

・「因縁果報」「結縁」というものは、実に神秘なもの、微妙なもの。どんなものでも縁があって、その縁が結ばれないと、何物をも生まない。

・日本民族ほど豊かに外国文化を採り入れて、それを良く消化して、独特の国民文化をつくっておるという国民は、まったく他にない。

・日本というものは、いくらでも研究し学問を楽しめる、実に無量の功徳をもっている。

・学問とか修養というものは、若い時ほど必要だが、そのありがたみというものは、若い時には分からんもの。

・歳をとるほど、学ばなきゃならん。

・常に殻を脱いで、そして常に新鮮になる。そのシンボルが海老。

・根本は道徳であり、自然に感化する、教える。化教である。これが一番本質であり根本である。

・少し勉強すれば、人生の悩みなんていうものは、いくらでも解決することができる。勉強次第である。

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『老荘思想』安岡正篤(1946、1979)

・道元禅師も、世を治めるためには、論語を読めと勧めた。ただ、儒書は、よほど良い意味の枯れた人でないと楽しめない。

・孔孟に、老荘のあることは、丁度、人家に山水のあるようなもの。

・老子を哲人達人とすれば、荘子は確かに天才である。

・老獪 rogue は、西洋人には極めて説明しにくい。西欧文化は、全般としてまだ若い。

・世俗の価値観を顚倒した痛快なものとして最も有名なのは、荘子の盗跖であろう。

・老荘思想は、徹底的解脱による眞に自主自由な自我を確立しようとするものである。

・原因も目的も自己にある。老子にこれを「反(かえる)」という。

・彼が馬を相する段になると、馬なんてものを見ていません。馬よりも貴いものがあるのです。

・生きるということは、欲するということであり、欲求のない生活は無い。

・欲望を満足さそうとするのも自然なれば、その欲望が生命を破滅させる危険を知って、これを統制しようとする克己もまた一つの自然である。

・出世したとて好い気にならず、ただ己を正しうする。そこにおのずからなる楽しみがある。その楽しみの全きを志を得というのである。

・老荘家の理想とする安全な人間になる手段を極めて簡単に指示している言葉がある。それは、要するに功と名とを去って、衆人に還し()へるということである。

・学問によって始めて人間は眞の人間になるということができる。

・書は語にすぎぬ。語の大切な所は、意である。

・Rousseauルソーは、新老荘家。

・孔孟は、道徳的であり、老荘は宗教的であり、文芸的である。

・政治は民衆を相手とする大規模で複雑なものだけに、容易に私が入りやすい。

・老荘的に言えば、すべては自然でなければならぬ。
・己れのことを棚に上げて置いて、人を治めようなどとはとんだおせっかいで、虫のいい話である。

・身が治まってしかも国の乱れる者を聞いたことがない。身が乱れてしかも国の治まる者も聞いたことが無い。

・手腕力量をありのまま外に表さないで、どこかに抜けた、一種の愚の妙味を帯びることによって、高祖を始め人々の意を寛うした。

・漢末より魏晋にかけては、誠に時運が悪い。この時勢は、まったく儒教を受け付けなかった。
・知識階級が争って投じた所は、先づ老荘であり、次に新来の仏教であった。

・飲酒は、一番安易な老荘の直接行動である。

・古来中国では、黄色を中色とし、天子の用色となった。

・老子は、熟達した教養の深い、偉大な自由人であった。

・春秋時代に思想界が活気づいたのは、社会苦を物語るものである。

・偉大な思想は危険である。殊に老荘は深淵で興味も大きいが、その流行はよほど警戒しなければならない。

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『人生の師父 安岡正篤』 神渡良平(1991)

・昭和の精神史を形成した人は誰だ。

・安岡正篤は、昭和58年(1983)に亡くなっている。

・調べれば調べるほど、安岡が人々に及ぼした感化の大きいことを知らされた。

・(強い人ほど)弱い人、逆境の人の哀しみを知ることが大事です。

・安岡が終生親愛の情を注いだ政治家が、千葉の林大幹である。

・「自分が責任を取る」という決意をもって事にあたるというのは、安岡の基本姿勢である。

・「戦後の日本をここまで築き上げてきた人の名前を一人だけあげろと言われた時、安岡正篤師、一人の名をあげれば十分だ」 矢島鈞次 東京工業大学名誉教授

・「人としての道」を説き続けたのは安岡先生。

・執着を去り、無欲であることが徳を積む最良の方法。

・事業の進歩発達に最も害を及ぼすものは、青年の過失ではなく、老人の跋扈である。

・実業家が完成するには、3つのうちどれかが必要:浪人生活、闘病生活、投獄生活。いずれにも共通するのは、孤独感。

・産業の育成も、農業の振興も、つまるところは「人」に帰着するのですから、山田方谷先生が、人材を育成しつつ、産業を興したのは正しかった。

・「世の中に人を育つる心こそ我を育つる心なりけり」荒木田宗武

・安岡の修行方法:人に会った時に静かに観察しながら、自分はどうかと自問する。

・人間いくつになっても、話題の中心にいたがるものだ。

・「少して学べば、壮にして為すあり。壮にして学べば、老いて衰えず。老いて学べば、死して朽ちず。」佐藤一斎 言志録

・「喜神を含む」全ては神がその人に与えた試練だと思うと、感謝して受けられるようになる。

・学問の仕方には、4つの段階がある。「蔵、修、息、游」(礼記)

・六中観に「腹中書有り」とあるのも、座右の書を持て、自分を戒める哲学を持てということ。

・林繁之は、伊藤肇こそは、安岡の人物学を、一般にまで広めた功労者だという。

・追い詰められて坐禅しても無意味だ。自分が一番好きなことを、気のすむまで徹底的に行う。

・政治の要諦は、結局人を知り、人を用いるの一点に帰する。

・1927年に創立した金鶏学院と、1931年の日本農士学校によって、安岡は、明治以来の日本の教育に代案を突き付けたと言える。

・本当に勃興する時代というものは、必ず人材が多様。ダイバーシティというものの有無が、民族の運命を卜知する一つの秘鍵でもあるわけだ。

・西洋の学問では心が渇き、東洋の先賢の書物を読むと心が潤ったという。

・安岡は、入れ物としての金鶏館以上に、そこで講義される内容が問題だと考えた。先賢の書を読み、切磋琢磨する学びの場として創設。

・中年における読書尚友は、まさしく秋の果実である。

・明治以来の学校教育に疑問を感じて、安岡は2つの科目を課した。正徳科目と呼ばれる学科と、利用科目と呼ばれる実地。

・黙習とは、全員黙って勉強する事だ。

・日本農士学校は、安岡が、菅原兵治のために建てたような学校である。

・「天下を憤るは易いが、天下を救うのは難い」

・「金鶏学院は、菅原一人を得るためにあったようなものだ」

・読書が、内省となり、覚醒となる。

・「弟子をとる師というものは、弟子以上に真剣なもの」

・マッカーサーは、安岡の手紙によって、日本農士学校の価値を認め、「少年の町」計画を白紙撤回した。

・敗戦の原因は、日本の「奢りたかぶり」に帰結すると結論していた。

・勉強には大きくわけて2つある。
 1)自己を確立するための勉強 2)自分の仕事に関する勉強

・教育とは、知識を詰め込むことではなく、「墳」を起こさせることが根本である。

・古典を多く引用するのは、そこに人間性への深い洞察が窺えるから。

・「これからのお前の先生は本じゃ。お前の勉強は本を読むことじゃ」

・郷学研修所は、北西東京の観光の中心にもなる。近代日本の精神史に興味を持つ人には欠かせないスポットになるからだ。

・二宮尊徳翁「まず良田を耕せ」それで力が余ったら、荒れ地を耕せ。

・吉田良次は、戦後教育、いや明治教育の欠陥は、教育から宗教や道徳を取り去ったことだと断言する。大人へと育っていく子供たちに、人間かくあるべしという規範教育、別な言葉で言えば、宗教教育、道徳教育をやらなかったから、体だけ大人になった動物のような人間ができるだけだという。

・安岡氏のことを調べていくと、安岡氏という「人生の師父」に啓発されて、一燈を掲げた人々が多いことに驚かされる。

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投稿者:関根雅泰

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