【木曜日20】二宮尊徳(3)

木曜日

○トカイナカハウス神山さんのご紹介で、報徳二宮神社の宮司さんとお会いできることになりました。そのための事前学習本として読んだ、二宮尊徳翁の本。

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『二宮金次郎とは何だったのか』小澤祥司(2018)

・「勤倹譲」
・譲こそが報徳の肝要

・幸田露伴が、高慶の「報徳記」を下敷きに、少年少女向けに「二宮尊徳翁」を書いた。

・品川弥次郎は、ヨーロッパの産業組合をそのまま輸入するのは簡単ではないので、日本に昔からおこなわれているものをうまく利用できないか。二宮尊徳翁の提唱した報徳は、その中で最も尊重し、考慮すべきものと考えた。

・修身教科書に書かれた金次郎は、教育勅語の精神を仮託された、いわば作られたヒーローだったのである。

・1910年に彫刻家 岡崎せっせいが、銅像を鋳造した。このころから、全国の小学校に金次郎像が広まっていく。そのモデルになったのが、せっせいの銅像。

・報徳会は、治安維持と体制護持を目的とした地方住民の撫安政策だった。

・教育勅語も含まれる明治天皇の三大勅語では、国民は導くべき天皇の赤子(子供)ではあっても、自立した個人とはみなされていなかった。

・「社会主義と個人主義の調和するのは、二宮主義のみ」(留岡幸助編「二宮翁と諸家」)

・インボーデンは、二宮尊徳を再評価すると共に、共産主義や社会主義を否定する論理として、報徳主義を持ち上げたのである。

・臣民として育つべき子供の手本から、GHQのお墨付きにより民主主義者という新しい衣を得た。ここでもまた望ましい人間像としてつくられたのである。

・時の政府、権力者が二宮金次郎を手本として示すような時代はどこか危うい。

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『二宮金次郎に学ぶ生き方』中桐万里子(2013)

・金次郎は「貧しくても、清く正しく美しく生きよう」などとは絶対に語らない人。「現実的に豊かに、ハッピーに生きよう。大切な人生を満ちて生きよう」というのが彼の人生に貫かれていた考え方。

・水車は、川に「半分従い、半分逆らう」

・地道なまでの小さな現実観察を積み重ねる。

・一呼吸をもって自分に応答してくれたRe-action

・Give and takeは「見返り思想」

・Takeの達人 お陰探し、感動屋で面白がり屋。

・「助ける喜び」を体験させくれる。人の尊厳やほこりを復興するシステム。

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『世界に誇る日本の道徳力 心に響く二宮尊徳90の名言』石川佐智子(2006)

・吉凶好悪は「我」から生ずる。

・知恵や学があっても、至誠と実行が無ければ、ことは成らぬもの。

・人道は、たとえば水車のようなもの。ゆえに、人道は中庸を貴ぶ。

・心田開発。村人の心の開発をしたからこそ、大きな効果を上げることができた。

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『二宮金次郎 日本人のこころの言葉』二宮康裕(2013)

・打つこころ あればうたるる 世の中よ うたぬこころの うたるるはなし

・父母が自分の子供を愛するならば、必ず学びの大切さを教えるべき。

・学なければ教なし。教なければ学なし。学あれば教あり。教あれば学あり。

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『二宮金次郎の言葉と仕事』長澤源夫(2012)

・仁義礼智信に基づく「五常講」という金融システムを発明。

・金次郎は、家族サービスのためにお金を渋ることはしなかった。
 家族を大切に守り続けた。1回目の結婚の失敗が大きな教訓となり、二度目の結婚生活で活かされることになったのだろう。

・「神儒仏正味一粒丸」神道は開国、儒教は治国、仏教は治心の道。それぞれの宗教、教えのいいとこどりをする。

・人道とは「水車」半分は、天道である水の流れに従い、半分は流れに逆らって回っている。

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『代表的日本人』内村鑑三(1908・1995)

二宮尊徳

・国に飢餓がおこるのは、民の心が恐怖におおわれるから。
 食糧不足の年には、飢餓の話だけで、驚いて死ぬことがある。

・「仁術」による人心の改良

・一村を救いうる方法は全国を救いうる。当面の一つの仕事に全力を尽くす。それがいずれは全国を救うのに役立ちうる。

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『二宮尊徳と教育』佐々井典比古(1983)

・どうしたら貧乏から脱却できるかということが、金次郎の至上命題であった。
・まともな生き方、まともな方法で、極貧から脱却するのでなければならない。

・自然というものは言わず語らずのうちに教訓を示している。
・自分でじかに世の中の道理を読み取って、それを本と比べてみる。

・「修身斉家」の次には「治国平天下」
・「一家仁なれば、一国仁に興る」という大学の文句を実践。

・自主的な寄り合いである「芋こじ」で、話し合いや投票を行った。
・こじ棒が直接芋を洗うわけではない。芋同志がこすれ合って、お互いの汚れを落とし、欲の皮がむけて、本来のすべすべした肌合いがでてくるように、気長に棒を回しているだけ。

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『円相図でみる二宮尊徳の思想』斎藤清一郎(2004)

・一方だけ、片方だけ見るのが「半円観」
・自分と一緒に一つの○の中に包んで考える、包んで観る、相手の側にたってかが寝るのが「一円観」

・「一物あれば一徳あり」そのもの独特の徳、尊さがある。
・自分が現在あるのは、いろいろなものの徳のお陰。
・受けている徳にお返しをする。それが「報徳」

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二宮尊徳(1)
https://www.learn-well.com/blog/2012/07/post_365.html

二宮尊徳(2)
https://www.learn-well.com/blog/2017/11/post_405.html

報徳二宮神社に行ってきました。

投稿者:関根雅泰

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