
○『人新世の資本論』著者 斎藤幸平先生の博士論文を基にした本(1冊)
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『大洪水の前に マルクスと惑星の物質代謝』(2019、2022)
はじめに
・マルクスの思想は「プロメテウス主義」であると批判され続けてきた。
・マルクスの物質代謝論は、資本主義的生産が、人間と自然の関係性を惑星規模でどのように歪め、持続可能性の条件を破壊していくかを分析可能にしてくれる。
・本書が押し出すのは、「マルクスの経済学批判の真の狙いは、エコロジーという視点を入れることなしには、正しく理解することができない」というテーゼだ。
・(マルクスの)抜粋ノートを考慮すれば、「物心崇拝」や「利潤率の傾向的低下法則」と並んで、「物質代謝の亀裂」を、資本主義の中心的矛盾として扱うようになっていたのではないか。
・(マルクスは)自然の「略奪・濫用」を、労働力の略奪と同じように問題視し、物質代謝の亀裂として批判していたのである。
第一部 経済学批判とエコロジー
・近代の賃労働者は、あらゆる直接的な大地とのつながりを喪失しており、自然から疎外されている。
・アソシエーションは、大地に対する人間の「和気あいあいとした関係」をつくりあげる。
・「土地の掛け売り」こそが資本主義的取得にとっての基礎をなしているのである。
・労働者が、自分の生産手段を、私的に所有していることが小経営の基礎であり、小経営は、社会的生産と労働者自身の自由な個性の発展のための一つの必要条件である。(資本論2)
○ここやっぱり勇気づけられるな~。ミニ起業の価値を、マルクスの資本論から、導き出せるかも。
・物質代謝という概念は、有機体の摂取、吸収、排泄とのアナロジーで、生産、消費、廃棄といった社会活動を分析するために用いられた。
・マルクスが研究しているのは、人間と自然の歴史貫通的な素材的過程が、価値増殖過程という経済的形態規定を受け取ることで、どのような変化を被るかという問題である。
・資本の物象化のもとで被る労働過程の変容と、そこから生じる人間と自然の物質代謝の亀裂を分析するのが、「資本論」なのである。
第二部 『資本論』と物質代謝の亀裂
・環境破壊が、資本主義の矛盾であるだけでなく、資本に対する抵抗の契機であることが判明する。
・資本としての価値は「自動的な主体」であり、G-W-G’の過程を繰り返し、価値を増やしていく。この量的増大だけを目指す過程には終わりがなく、価値そのものが生産の目的となるのである。
・マルクスは、公的な職業学校を「変革の酵素」とまで呼んで評価した。
・職業教育を通じて、資本の独占によって分離された知と技能を労働者たちが再び自らのものにすることができるようになり、「構想と実行の分離」を部分的とはいえ、乗り越えることができるからである。
○比企起業大学の意味や価値を、こういう観点からも説明をしていけるかも。
・生産規模の拡大と流通の複雑化は、簿記、会計、広告業などの「余計な機能」を作り出す。
・リービッヒは、土地から取り去った栄養分は、必ず土地に戻さなくてはいけないという「充足律」を、無視するふるまいを人類に対する罪としてはっきりと非難している。
・マルクスは、資本主義の破壊的な帰結として土地疲弊や自然資源の枯渇を研究するようになっていく。
・持続可能なき生産性の増大は「略奪」なのである。
・物質代謝の亀裂(Rift)は、修繕されることがなく、せいぜい別の問題へと「移転(Shift)」されているに過ぎない。
・マルクスは、自然のもつ素材的限界内での持続的生産を可能にするための条件は、資本主義そのものの克服にあると唱えた。
・「資本論」で強調されているのは、社会はその制限に沿って意識的な生産を営まなければならないということである。
第三部 晩期マルクスの物質代謝論へ
・1868年のノートは、もし「資本論」が完成したなら、マルクスは人間と自然の物質代謝の攪乱という問題を、資本主義の根本矛盾として扱っていたという推測を根拠づけてくれるように思われる。
・自然そのものの力を利用した「沖積理論」
・フラースは「人工沖積」を構築することを提唱し、河川の流れを一時的な堰によって止め、耕作地を河川の水で浸し、必要な無機質を土壌に供給することを、安価で半永久的な土壌養分充足の方法として推奨した。
・人々の生活が引き起こす気温上昇と乾燥の増大が、文明を荒野へ変えてしまった。
・ギリシャの事例は、近代以降のヨーロッパ諸国の気候変動を考察する上で示唆的。
・マルクスは、本を購入し、直接書き込むようになった。
○マルクスも「しるし士」だった!
・資本が価値増殖を目指すとき、資本は様々な障害にぶつかる。マルクスによれば、自らがこうした障害を作り出している以上、資本は繰り返し、不可避に障害に直面し、その度に新たな障害を乗り越えなくてはならない。マルクスはこの絶え間ない運動を「生きた矛盾」と呼んだのである。
・マルクスは、自然という領域においても、略奪と改良という正反対の傾向性が生み出す「生きた矛盾」を展開しようとしていた。
・恐慌の瞬間には、資本の自然への依存性が明らかとなる。
・資本ははじめて問題の深刻さに気がつくのである。
・マルクスの利潤率の研究とエコロジー研究は密接な関係性をもっている。
・「自然」の領域をエンゲルスに限定し、マルクスの経済学批判の対象を「社会(経済)」に制限する西欧マルクス主義の一面性はもはや一目瞭然である。
・人間が自然を変容し、自然もまた人間を変容させるという相互規定的な歴史過程を、物質代謝概念に基づいてマルクスが把握しようとしたのは、資本主義の驚くべき弾力性の秘密とその「生きた」矛盾だったのである。
・マルクスによって強調される将来社会における「個性」の全面的な発展という契機が、エンゲルスにおいては弱められ、むしろ「必然性に従うことで実現される自由」というヘーゲル的な自由観が前面に押し出されることとなったのである。
・マルクスは、自然との物質代謝の攪乱が生じてしまう危険性を察知し、資本主義が持続可能性をもたない社会システムであることを警告したのだった。
おわりに
・マルクスは、より注意深く自然を取り扱う必要性を、自身の社会主義構想の中ではっきりと強調した。
・自然を私的所有の制度から切り離し、コモンとして民主主義的に管理することに他ならない。
○こういう所は、アメリカンインディアンの叡智から学べる点が多い気がする。
・本書は、2014年にベルリン・フンボルト大学に提出された博士論文とその英語版を下敷きにしている。
・資本主義の暴力性や破壊性を正確に認識し、そのうえで、資本主義とは異なる社会システムを構築しなければならない。
・マルクスの先に進むことができた暁、私たちはポスト資本主義の片鱗を掴み取ることができるだろう。
○この本を読んで、またマルクスの資本論を読みたくなった。
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