【木曜日24-13】哲学本

木曜日

○前から読みたくて積読していた本。考えることが楽しくなる。(3冊)

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『世界は経営でできている』岩尾俊平(2024)

・世の中に「経営」が不足していることこそが問題。

・本来の経営は「価値創造(=他者と自分を同時に幸せにすること)という究極の目的に向かい、中間目標と手段の本質、意義、有効性を問い直し、究極の目的を妨げる対立を解消して、豊かな共同体を創り上げること」だ。

・すべての人が経営概念を転換すれば、日本も世界ももう一度豊かになれる。

・より良い策を生み出し続けるのが経営。

・配偶者は、元は他人なのだから、本当は家庭内顧客として対応すべき相手だ。
・家庭は経営の場。

・幸せという目的に向かって、恋愛関係を創造していくことで、奪い合いの恋愛の悲劇から抜け出すことができる。

・経営思考を取り入れて「自分にとっての究極の目的は何で、そのためにはどんな就職をすべきか」を問い直すだけでも、就職活動をめぐる悲喜劇の大部分は回避できる。

・自分の中で膨らませた想像に対して、怒っている。

・部分に気を取られて全体を見失う、短期利益を重視して長期利益を逸する、手段にとらわれて目的を忘れるなど、健康をめぐる問題のほとんどはそのまま経営の問題と同一である。

・常に危機は存在していて、政権が弱体化しないと、危機は危機にならないだけ。

・「あらゆるものは創造できる」という視点をもたないと、単なる手段であるはずのものが希少に思えてしまい、手段に振り回される。

・価値有限思考を、経営によって価値は創造できると考える「価値無限思考」に転換すれば、顧客から他企業まですべてが「価値創造をおこなう共同体の仲間」に変わる。
・他者は、奪い合いの相手ではなく、「価値の創り合いの仲間」になれる。

○これいいな~。まさにそうだよな~。

・どんな問題もいったんは「幸いにも○○だ」と無理やり良い文脈に変えてしまい、その文脈を利己的なものから利他的に変えてみる。

●参考:岩尾先生の本

『日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか』
『13歳からの経営の教科書』

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『暇と退屈の倫理学』國分功一朗(2015)

・哲学とは、問題を発見し、それに対応するための概念を作り出す営みである。

・労働者の暇が搾取されている。
・なぜ暇は搾取されるのか?それは人が退屈することを嫌うからである。

・部屋でじっとしていられないことが、パスカルによれば、人間のすべての不幸の源泉。
・気晴らしには、苦しみや負荷が必要である。

・人類の肉体的、心理的、社会的能力や行動様式は、むしろ「遊動生活」にこそ適している。
・遊動生活をを維持することが困難になったために、やむを得ず「定住化」したのだ。

・従来の人類史観:遊動生活→食糧生産の開始→定住生活の開始
・定住革命的な人類史観:遊動生活→定住生活の開始→食糧生産の開始

・定住生活は、食料の貯蔵を前提とする。これは私有財産という考え方を生む。
・定住によって、人は「退屈を回避する必要」に迫られた。

・フォードは、生産性を向上させるために、労働者をおもんぱかっているのであって、その逆ではない。
・資本は、労働者を上手く活用するために、余暇をも活用しはじめた。

・非正規雇用は、現在の消費=生産スタイルが、これを要請してしまっている。
・今は、人間が、機械の代わりをしている。

・「浪費」できる社会こそが「豊かな社会」である。
・「消費」には限界がない。

・マルクスは、労働からの人間の解放などを唱えてはいない。
・アレントは、マルクスの中に、労働廃棄の思想を読み取りたくて仕方ないのである。
・「自由の王国」の条件は、労働日の短縮なのである。

・ハイデッガーの退屈論の結論:自由であるが故に退屈する。退屈するということは自由であるということ。退屈する人間には自由があるのだから、決断によってその自由を発揮せよ。退屈はお前に自由を教えている。だから決断せよ。

・環世界 Umwelt すべての生物は別々の時間と空間を生きている。
・ダニは、人間とは全く異なる世界を生きている。ただ酪酸の匂いに反応するだけだ。

・人間にとっての時間とは、18分の1秒(約0.056秒)の連なりである。

・人間は動物に比べて、比較的容易に環世界を移動できる。
・人間は、環世界を相当な自由度をもって移動できるから、退屈するのである。

・新しい環境は、人に考えることを強いる。
・人間はものを考えないですむ生活を目指して生きている。

○「考えても仕方ない」と思うのではなく、当たり前とされることに疑問を持ち、「もっと考えていいんだよ」と励ましてくれる本。

・本書を通読するという過程を経てはじめて意味を持つ。
・論述の過程を一緒にたどることで、主体が変化していく。

・どうすれば皆が暇になれるか、皆に暇を許す社会が訪れるか。

・絶えざる刺戟には耐えられないのに、刺激がないこと(退屈)にも耐えられないのは、外側のサリエンシー(まだ慣れていない刺戟)が消えると、痛む記憶が内側からサリエンシーとして人を悩ませるからではないか。

・この本の結論の一つは、勉強の効用である。人は勉強の結果、楽しみを求めることができるようになる。
・この本は、これからは自分で読者を見つけていく。

○そんな本を書けたら、いいだろうな~。自分で読者を見つけていくような本。

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『目的への抵抗』國分功一朗(2023)

・結論へと辿り着く過程を経験することで初めて結論の意味するところが理解できる。

・ものすごく近くにある課題とものすごく遠くにあるぼんやりとした関心ごとの両方を大事にする。
・その間のことはなかなか思うようにならない。

・哲学を勉強すると、世の中にあふれている紋切り型の考え方から距離をとれる。

・アガンベンは、コロナ危機において「例外状態」が人々によって進んで受け入れられつつあることに危機感を抱いた。

・移動の自由が、支配と服従から逃れる可能性の根本。
・移動の自由の制限というのは、途方もない権利制限。

・隣人はありうべき感染源になってしまった。

・行政権が、事実上、立法権による管理を逃れていってしまう状態が、例外状態。

・権利は一度捨ててしまうと、なかなか取り戻せない。

・立ち止まって考える機会や時間を大切にしてほしい。暇な時間、ボーっとしている時間が大切。

・人間が自由を求めることは、楽しみ方を学べば可能。

・「あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく、世界によって自分が変えられないようにするためである」マハトマ・ガンジーの言葉。

・むしろ贅沢を求めることによってこそ社会は変わる。物をきちんと受け取って楽しむことが全般化すれば社会は変わる。
・目的からはみ出るものを認めようとしない社会になりつつあるのではないか。

・目的の本質とは、「手段の正当化」にある。

○これよくよく考えると、恐ろしいことだよな~。

・「正しい目的のため」という口実で正当化されてしまう「最悪の手段」は、間違いなく暴力。

・ある目的達成のための手段ではない自由な活動が確かに存在しており、政治はそのような活動と強い親和性を持っている。
・遊びとしての政治。

・他者の身体というのは、抑止力をもつ。

○國分先生の本を読んでから、D.ハーヴェイの『反資本主義』を読む。マルクスの本に興味が出てきた。

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投稿者:関根雅泰

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