2012年冬学期 授業「日本文化論」

授業

大学院最後の学期、授業「日本文化論」を受けています。
普段の仕事や研究の喧騒を離れ、時がゆっくりと流れているような授業で、
私はとても好きです。
さし障りのない範囲で、授業内容をシェアします。

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●第1回 2012年10月10日
・日本文化とはどういうものか考えてみよう
 日本の外交体制がどういうものだったのか
・NHK TV「さかのぼり日本史」山本先生が監修、出演
 「外交としての鎖国」
・番組 1回目
 1793 日露交渉 松平定信 鎖国政策の遵守 これがその後の外交の基礎
 外国の情報を、オランダ風説書等から得ていた
 「武威」が幕府の成立基盤
・番組 2回目
 1720 唐船打払い令 徳川吉宗 密貿易を取り締まる
 薬を輸入→原料を栽培→国産化 自立経済 輸入に頼らず国内で回す
 鎖国により、国産化が進んだ とめたことで国内が育った
●第2回 10月17日
・番組 3回目 
 1640 オランダ商館を出島に 徳川家光 キリスト教国の排除
  
 ポルトガル(カソリック:貿易+宣教)を追放 侵略の恐れ
 オランダ(プロテスタント:貿易のみ)商人として「将軍様の御被官」
 日本からアジアに出て行くと、ポルトガル、イスパニアから報復される
 キリスト教の気味悪さ 殉教 死体の一部を聖遺物として扱う
 一向一揆と違い、統制しきれない怖さ
・番組 4回目
 1621 貿易統制 徳川秀忠 大名が力をつけないように
 家康の朱印船貿易時代の自由さは無くなった 
 武器輸出を禁じた 兵員や奴隷のアジアへの販売も
  サムライがアジアで傭兵になった(タイでの山田長政)
・鎖国による平和(外国との戦争が無い状態)が国富をもたらした
・鎖国はしていたが、オランダ、中国とはつながっていた
  科学者は、ヨーロッパの科学技術をオランダ語(蘭学)で学び、
  オランダが最新では無いと分かると、英語で(洋学)学んだ。
 朝鮮の鎖国政策は、全て閉ざしたものであった。
○授業に、台湾、韓国、エジプトから来た人もいて面白い
●第4回 (3回は欠席) 10月31日 
・武士道はマネジメントのマニュアルぽい (理系院生の意見)
・侍(さぶらう)=貴人に仕える 
・武者:職能 侍:存在
・武士らしい武士=侍
・封建制が無いと、武士道はなりたたない 上下
・神に仕える僕=上に仕える忠義 
・キリスト教的メンタリティー
●第5回 11月7日 
・親の為の孝 切腹はダメ 自分の体を傷つける
・儒教 忠(日本)孝(中国)
・名声は、明治から追及されはじめた
 「武士道」は、明治の青年が言っているなというところもある
○新渡戸が説明した「武士道」以外の武士道を知るためには
 (武士道は明文化されていないから)
●第6回 11月21日
○「武士道」担当レジュメ ↓
レジュメを見る
・韓国の徴兵制やキリスト教の話 (韓国人留学生から)
・騎士道と武士道は、封建性もあり比較しやすい
・戦士階級には道徳が必要
●第7回 11月28日
・葉隠 「武士道は死ぬことと見つけたり」というのは、
 江戸時代の特殊な文脈で言われたこと 
・無謀な行動をしたけれども、腰ぬけではない つまり恥ではない
・武士は責任を問われる 
・徳川吉宗が法を整備した
●第9回 12月12日 (12月5日は仕事で休み)
・赤穂事件 12月14日の打ち入り
・喧嘩両成敗が天下の大法であった
 
・しかし、綱吉は浅野にのみ、切腹を命じた
・公正でなかった処分(片落ち)
・忠義や自己犠牲というよりも、
 武士の面子を重視した結果とも言える
●第10回 2013年1月16日 (風邪で休み)
・岡倉天心 「茶の本」 
●第11回 1月23日 (授業最終日)
・津山藩洋学の群像 宇田川家、箕作家、津田真道
・洋学 「横を縦に」 (海外文献を日本語訳に)
・ハングリーさが無い幕臣よりも、田舎の藩士のほうが、
 人生を切り開くために、学問(翻訳)で身を立てようとした。
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●特別編 3月12日(火)14時~16時 「日本人とは」 
・授業を受けて、各自が「日本人とはどういうものか」を、
 A4一枚程度のレポートとして提出。
・それをもとに意見交換。

投稿者:関根雅泰

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