ウメサオタダオ本(2)

授業

2012年2月20日(月)「勝手にウメサオタダオ研」に向けて、
梅棹忠夫先生の本を読んでいます。
印象に残った箇所を記録しておきます。

(・引用 ~省略 ○関根の独り言)
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「研究と経営」(梅棹忠夫著作集 第22巻)
・一般に研究という業務には、経営ということばはそぐわないように
 思われているが、じつはこれは、はっきりと経営の問題なのである。
・歴史は、だれか他人がつくるものではなくて、わたしたち自身が
 つくるものだ。わたしたち自身が、いまやっていることが、
 すなわち歴史である。わたしたち自身でそれを
 かきとめておかねばなるまい。
・人類学という学問は、いわば「おとなの学問」であって、
 人間についての深い洞察力を必要とする学問である。
・「今西流学問のすさまじさ」高名な学者の説にたよって
 意見をのべてもこの研究会ではまったく通用しない。
 経験した事実が最高に重んじられ、それにもとづいて
 さまざまな仮説が提出され白熱的な議論が何時間も続く。
・創業とは、じつは、未来の改革を先どりすること。
・研究生活の安定それ自体が、退廃の要因。
・学問の世界ではじつに巧妙に競争が回避されているのである
・研究者は同時に経営者でなければならないのである。
・研究の仕事は、ちょっと登山に似ている。
・学問の世界では、論文、報告書をたくさん書く事によって
 腕があがるのである。
・学際的研究の効果は、知的怠惰へのゆさぶり
・学者はいつでも、自分のやっている学問がもっと大きな問題
 とどうつながっているのかという自覚がなければいけない。
・研究者にとって学位とは、運転免許証のようなもの。自分で
 研究を遂行できるだけの能力をもつものという証明書。
・情報検索のネットにひっかからなければ、その論文は、
 そもそも必要な人に読んでもらえない。そのためには、
 ちゃんと検索にひっかかる形にしておかなければならない。
 それが論文の形式ということなのだ。
・標準的な形式:1)問題設定 2)問題解決の方法
 3)結果 4)考察 5)結論 6)謝辞
・わかりやすくするということは、一言でいえば、
 論理的に書くということ。
・自覚にもとづく自発的努力だけが研究者の自己崩壊を防ぐ。
・公務員として国家からうけた給与を、業績の総ページ数で
 わると、1ページあたりの単価がでる。
 もっとも研究成果をあげた個人では、1ページあたり
 1万7774円となり、もっとも生産性の悪いケースでは、
 153万4256円となった。
・学問というものはおそろしく高くつくもの。
・情報について意味のあるストックとは、いつでも検索可能な
 情報のこと。
・戦後、大学のあり方が変化:
  大学における教育的要素の肥大、学術研究の高度化
・大学の研究室は、いわば零細企業の集合体。
・現在の大学教官のはたすべき社会的任務は、4項目:
 1)研究 2)教育 3)組織運営 
 4)市民に対する知的サービス
・内容の妥当性を、いつでも細部にわたって検討、吟味、
 批判できる形が必要。そのために印刷物が必要。
○大学への批判と民博での実践。
 この人の下についた研究者は大変だったろうけど、
 鍛えられただろうなー。
 N先生を始めとして、最近の研究者(自分が知っている範囲は
 狭いけれど)は、研究を経営と捉えている人が多いように感じる。
 逆にいうと、そういう風に考える研究者じゃないと、
 これからは生き残っていけないんだろうなー。
===
「裏がえしの自伝」
・フロンティーアインテリゲンチャ(野外型知識人)は、
 ホモファーベル(工作人)でなければならない
・目が見えなくなってからは、すべての女性がおそろしく
 チャーミングなものにおもえるのである。
 目が見えないことは、ほんとうに不自由で困るけれど、
 女性に関する限りは、私はかえってよかったのかも
 しれないと思っている。
・わたしの人生は、けっきょくはあそびの連続だったのだ。
○自分にとって「なりたくてなれなかったもの」は何だろう。 
 野球選手、パイロット、考古学者・・・
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「夜はまだあけぬか」
・医師と宗教家のあいだには、はっきりと一線が画されて
 いるのだ。医師は境界をこえようとはしない。わたしは
 心の問題については、宗教家にすがるべきであったのだ。
 あるいは、だれにもすがらずに、自分自身の力で解決
 すべきであったのだ。けっきょくわたしは後者の道を
 えらばざるをえなかった。
・整理の良さ。秘訣はものの置き場所をきめておくこと。
・人間にもにおいがある。すれちがうひとで、ほのかに
 あまいかおりをのこしてゆくひとがある。
・わたしは比較的情緒が安定しているほうだと自分でも
 思うが、それでも目が見えないということは、ともすれば
 心情の不安定をまねきやすい。
○自分が視力を失った時に、その体験を記録に残しておこう
 と思えるだろうか。絶望せずに。
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「情報の家政学」
・この本は、私の著作の系列からいうと、3つの流れの交点
 に位置している。
 1)情報論 2)家庭論 3)知的生産の技術論 
・家庭を「情報の場」としてとらえる
・時代の動きを敏感にとらえて、新しい情報をもたらすのは、
 しばしば子どもである。
 子どもこそ親にとっての情報源であり、情報そのものである。
・ボスざるや親父連中が死んで、いままで周辺部にいた若者
 ザル達が、むれの中央に登ってきた時、この猿の一群の文化
 が変わるのである。
・今日では「もったいない」という思想は非常に具合の悪い
 思想なのです。捨てられなくなる。
・食事に対して「性事」
・文化とは、価値の体系、偏見の体系
 よしあしはない。それぞれに違う。
・日本の食事は絶縁型。神人共食の料理に、手が触れる訳には
 いかない。だから箸をつかう。ケガレの思想。
○整理:置き場所を決める 整頓:決めた場所に戻す
 若者が中央に登ってきた時、がらっと変わるのかも。
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 ウメサオタダオ本(1)
  https://www.learn-well.com/blog/2012/01/post_354.html

投稿者:関根雅泰

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