ウメサオタダオ本(1)

授業

「勝手にウメサオタダオ研」に向けて、梅棹忠夫先生の本を読んでいます。
印象に残った箇所を記録しておきます。(・引用 ~省略 ○関根の独り言)

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「モゴール族探検記」
・アジアの民衆に対する新しい働きかけ方を見出してゆくには、
 具体的な経験の蓄積が必要
・今の日本では「探検に行ってきます」といっても誰も相手にしてくれない
・異質の文化、未知の社会の研究をしていると、しばしばこういうことが
 起こるものだ。ある重要な一点がわからないままで、あるいは思い違いの
 ままで、全体の調査はずっと進行してゆく。理解は部分的にとどまり、
 疑問がそのまま持ちこされる。最後に決定的なポイントが氷解して、
 あっという間に全体が理解される。
 民族調査なんて、実はこういうことの連続みたいなものだ。
○久しぶりに本を読むこと自体が楽しかった。
 アメリカの大学で文化人類学を学んでいた時の楽しさのよう。
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「回想のモンゴル」
・内蒙古の数万人の日本人はみごとに脱出に成功したのである。
・(フィールドノートを持ち帰るために、本らしい格好にした)
・敗戦という事実が、みんなの心に大変なショックを与えたらしかった。
 むしろ外地からひきあげてきた私が、一番元気だった。「日本滅亡」などと
 言う人があったが、それはおかしいではないか。日本は戦争に負けただけ 
 であって、日本国家は厳然と存在する
○スケッチ画がすごい。観察する力とそれを表現する力のすごさなんだろうなー。
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「東南アジア紀行」
・予備知識がなく、観察眼がなかったら、何年いても何も気づかないのかもしれない。
 こういうことにすぐ気がついて、驚異とよろこびを感じることができるのは、
 あるいはわれわれ科学者のひそやかな特権であるのかもしれない。
・(タイ人の表情)これは自分が自分の主人であるところの人間の顔である。
 他人に支配されることを知らない人間の顔である。かなしいことだが、アジアの
 多くの国々では、これほど本心からプライドに満ちた表情には、なかなか
 お目にかかれないのだ。(中略)しかし、タイは違うのだ。「タイ」とはもともと
 「自由」を意味する。かれれは、文字通り「自由の民」だったのだ。
・タイの人は、知識階級といえども、抽象的、原理論的なことがらにあまり興味を
 示さないようだ。かれらの発想は、つねにはなはだ現実的、具体的である。
・人生の残酷に対して、わたしたちは、昔の人よりもずっとセンシブルになっている
 のではないだろうか。数年前にインドを旅行したときにも感じたことだが、
 こういう国々においては、わたしたちは、鈍感さのヨロイで再武装しておかなければ
 精神がもたない。
・現地で、実物を見ながら本を読む。わたしはまえから、これはひじょうにいい勉強法
 だと思っている。本に書いてあることは、よく頭に入るし、同時に自分の経験する
 事物の意味を、本でたしかめることができる。
・日本とベトナムは、言語の系統からいうとあきらかにちがうけれど、人種的には、
 あるいは日越同祖論だって成り立つかもしれないのである。
 それほど、おたがいに似ている。
・日本兵が、勇気や力ではなしに、「知識」に満ちている、という表現はわかるよう
 な気がする。それはこの国の素朴な住民たちの、
 いつわらぬ感想だったかもしれない。
○タイ、カンボジア、ベトナム。
 20代に、彼女(今の奥さん)とバックパックを背負って旅行に行った国々。
 タイ語を一生懸命覚えようとした。懐かしい~。
 今度は、ビジネスで、かの地の役に立てるようになりたい。
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「文明の生態史観」
・比較文明論への目をひらかせてくれたのは、むしろ旅行の第三段階、すなわち
 パキスタンおよびインドの旅だったのである。~ 旅行中の、とくに歴史学者の
 シュルマン博士とのディスカッションは、ひじょうに得るところがおおきかった。
・東京は北国の都市なのだ。
・外国へでてみて、日本のことがはじめてわかった。これが、旅行というもののもつ、
 たいせつな効果のひとつである。
・アジアを、その西側からではなく、東側からみたら、どのようにみえるか、それを
 かたりたいのである。
・日本を、ヨーロッパからではなく、アジアからみたらどうみえるかを、かたりたい。
・インドやパキスタンの社会の安定は、いわば大盤石の安定である。日本の社会の
 安定は、よく廻転しているコマの安定である。コマは、ブンブン回っているかぎり
 の安定なのである。
・日本は(英語の使用が少ないことから)外国人に対しては、無情に窓口をとじて
 いるのである。
・「あなたがた日本人にかかると、世界中のものがどれもこれもつまらない。
  あなたがたの美の標準が高すぎるのです。」
・キリスト教徒とイスラーム教徒は、~ おたがいにひどく仲がわるい。
 しかし、~ この2つの宗教は、内容的にたいへんよくにているのである。
・インドは東洋ではない。~「ここは、中洋ですよ」わたしは感心して、このことばを
 つかうことにした。
・日本と西ヨーロッパは、基本的な点で一致する。両者はおなじタイプの歴史を
 もっているのではないだろうか。
・文明こそは、わたしたちがよってたつところの基点であり、わたしたちがまもる
 べきところの伝統である。
・人間共同体の歴史もまたサクセッション(遷移)理論をモデルにとることによって、
 ある程度は法則的につかめるようにならないだろうか。
・乾燥地帯は悪魔の巣だ。乾燥地帯のまんなかからあらわれてくる人間の集団は、
 どうしてあれほどはげしい破壊力をしめすことができるのだろうか。
・第二次世界大戦は、日本の社会制度のうえに、根本的な大変革をおよぼしたように
 みえる。そのひとつは、いわゆる「家」制度の破壊である。
・現代インテリの政治談議というものは、一種の欲求不満の表明であるといえない
 こともない、とおもうのであります。~大成しなかった野球評論家のような
・複雑なものを単純な形であらわすためには、なんらかの理想化が必要である。
 それが理論というものだ。
・日本人が、中洋諸国で食事にこまるのは、華僑がいないからなのだ。
・伊勢神宮が20年ごとに、あたらしくたてなおされるという慣行 ~
 伊勢の神はいきているのである。いきている神のすまいは、つねにあたらしく
 なければいけない。
・人類の身体的、文化的諸特性を一体的に把握するという立場は、
 人類学のものである。
○海外に旅にでたくなる。
○「フラストレーテッド知識人」ではなかったからこそ、みんぱくという形を
 しっかり残せたのかも。「口も大事だけど、行動して結果をだせよ」と。
===
「情報文明学」
・「生産の現場に取材にいったときが、いちばんなさけないのです。~ 向こうは
  ものをつくっている。圧倒されてしまうのです。」もし、実業ということばに
 対して虚業ということばが成立しうるものとすれば、これは一種の虚業意識である。
・おびただしい職種が、商品としての情報をあつかっているのである。
・より組織的に、情報を売ることを業務としたのは「教育」の仕事であった。
・情報産業においては、先に金をとるのが原則である。
・虚業意識が、なんらかの意味で実業に対する劣等感を内包しているとすれば、
 それはつまらないことである。まさに、実質的なもの、あるいは商品はあつかわ
 ないというところに、情報産業の特徴があったのだ。
・虚業であるがゆえに、それは実業にはない新鮮で独自の性格をもちえたのである。
・農業の時代:内胚葉産業 工業:中胚葉 精神/情報:外胚葉
・人類の産業史は、いわば有機体としての人間の諸機能の段階的拡充の歴史であり、
 生命の自己実現の過程であるということがわかる。
・お布施の額を決定する要因は、ふたつ:坊さんの格。もうひとつは檀家の格である。
・お布施の原理が、これからの外胚葉産業時代における最大の価格決定原理に
 なっていくのではないかとかんがえている。
・農業の時代には人間はめしをつくった。工業の時代には物質とエネルギーだ。
 情報産業時代には文字どおり情報をつくる。知恵をつくるといってもよい。
 つまり主力生産の対象がかわるのだ。
・現在、農業人口は20%をわっている。
 やがて工業人口も10数%台におちるだろう。
 理由はかんたんである。それでじゅうぶんささえられるからだ。そしてのこりの
 大部分は情報産業に吸収されることになる。
・情報というのはコンニャクのようなもので、情報活動というのは、コンニャクを
 食べる行為に似ています。
・知的欲求をもったひとが情報をもとめたてやってくる、そういう時代になっている
 のです。それが日本社会の変貌というか、とにかく経済的繁栄とそのうえにたった
 教育の効果ということからでてきている。むかしの国民とは知的水準が違うんです。
・博物館の仕事にとりかかって以来、わたしは博物館の仕事を、情報産業として
 やっているんです。
・博物館の経済効果はそうとうなものです。
・うごくのは情報である。ものはそれにひきずられている。需要は情報にあり、
 ものそれ自体は、情報をのせる台にすぎないとさえいえるであろう。
・人びとは、みずから情報の発信者になりたがっているのである。
○「研修講師業」という「虚業」に従事する者として、励まされる。きっと当時の
 放送人の人たちも同じように勇気づけられたのだろう。
 「お布施理論」による価格決定原理は、研修業界にもピタリあてはまる。
 「人々は情報の発信者になりたがっている」ほんと、この人の言った通りの世の中
 (ブログ、SNSの隆盛)になってきているなー。すごい。
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「知的生産の技術」
・研究といっても、~ けっきょくは、よむ、かく、かんがえる、などの動作に
 帰着するのであって、一種の「勉強」と何もかわらない。
・いまの学校という制度は、~ まなぶには、かならずしも適当な施設とは
 いいにくい。今日、学校においては、先生がおしえすぎるのである。
・(学校では)知識はおしえるけれど、
 知識の獲得のしかたはあまりおしえてくれない。
・知的生産というのは、頭をはたらかせて、なにかあたらしいことがら-情報-を、
 ひとにわかるかたちで提出することなのだ。
・(ダヴィンチやウメサオが)「手帳」に書いたのは、「発見」である。
 なにかの意味で、これはおもしろいと思った現象を記述するのである。あるいは
 自分の着想を記録するのである。
・カードにかくのは、そのことをわすれるためである。
・カード1枚に一項目
・カードの操作のなかで、一番重要なことは、くみかえ操作である。~ カードと
 カードのあいだに、おもいもかけぬ関連が存在することに気がつくのである。
・カードは分類することが重要なのではない。くりかえしくることがたいせつなのだ。
・企業というものは、1年2年の短期の生産計画でうごくものかもしれないが、
 われわれ知的生産業のほうは、10年あるいはそれ以上の期間をかんがえて
 動かなければならないのである。
・整理の第一原則は、ものの「おき場所」をきめる、ということ。
 本や書類は、横に重ねず、かならず、たてる。
・本というものは、はじめからおわりまでよむものである。
 一般には、著者の思想を正確に理解するというのは、
 読書の最大目的の一つであろう。
・本は一気によんだほうがいい。
・よみあげた本を、もう一度はじめから全部めくってみることにしている。そして、
 さきに鉛筆で印をつけたところに目をとおすのである。
・本は二重に読む「だいじなことろ」「おもしろいところ」
・本は何かを「いうためによむ」のではなくて、
 むしろ「いわないためによむ」のである。
・「文章は俳句のつもりでかけ」つまりはぶけることばは徹底的にはぶいて、
 ぎりぎりまで、みじかくせよ、というのである。
・~ やってみなければまったく無意味である。
 自分でいろいろ、こころみて頂きたい。
○本質をつきつめ、単純化して、表現できるところも、この人のすごさだよなー。
 「本の読み方」は、自分も似ている。
 一回目で線をひき、線を引いたところをブログに書く。これは続けよう。
 カードは自分に合うかわからない。手書きが下手だから。
 「文章は俳句のように」省ける言葉を徹底的に省く、も意識してみよう。
 今回のブログも、ウメサオ先生の「漢字の少ない文章」をそのまま書き写してみた。
 面白いけど、やっぱり漢字があったほうが、俺は読みやすいかも。
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「梅棹忠夫 語る」 聞き手 小山修三
・あまり他人の書いたものを一所懸命、読んでいない。~ 自分の足で歩いて、
 自分の目で見て、自分の頭で考える、これが大事や。
・人間の心の奥に、おそろしい巨大な悪があるんやな。中国にはそれがある。
・文章をかくうえで注意している点は、~ よんだ人にわかってもらえるということ。
・科学者の絵は、わかるように描く。
・分類するな、配列せよ。大事なのは検索。
・梅棹の基本は、思いつきにある。「しょせん思いつきじゃないか」という批判に
 対し、堂々と「だったら思いついてみろ」と反論する。
・学問でさえ、経営。
・自分にとっての第一番は観察記録。
・「博士号は足の裏についた飯粒や」とらな気持悪いし、取っても食えん。
・放送は人間を悪くする。子どもはまるで英雄みたいになっていくんやね。
・「請われれば、一差し舞える人物になれ」
○「思いつける」ということは、それだけの知識のストックが頭の中にあり、
 自分の足で歩いて、見て、常に考えているから、できるんだろうなー。
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「梅棹忠夫のことば」 小長谷有紀編
・現地でどんな本が必要になるか、下調べが必要。
・読書カードにかくべき内容は、読書によって誘発された自分のひらめきや着想。
 本の抜粋ではない。
・自分というものは、時間がたてば他人と同じだ。
・ひとつのアイデアを、くりかえし、さまざまな場面にぶつけてみる。
・(外国語は)さびつかせておけばよいのである。また現地へ戻って、ほんとうに
 必要な状況がでてきたら、さびはすぐに落ちるものと楽観しておけばよい。
・わかっていない、ということがわかったとき、びりびりしびれてしかるべき。
・梅棹忠夫は、未来を探索した人だった。そして博物館は未来を探索する装置。
・1820年頃が、近代日本の原点。化政期にはじまって(1970年代で)ほぼ150年たった。
・諸外国はみな民族問題で悩みぬいて、それぞれに経験をつんでいるのにも関わらず
 日本文明だけが純粋培養文明としてとりのこされている。
 外国人労働者の移民については、鎖国に近い状況。
・教育は人間に対するチャージ。文化はディスチャージ(放電)。
○「時間がたてば自分も他人」「忘れるから誰が読んでもわかるようにメモをかけ」
 ほんとそうだよなー。自分で書いた本の内容も、自分で書いたから覚えているはず
 と思っていても、そんなことはない。書く時が一番学んでいるのかも。
 「外国語は、さびつかせておけばよい」という言葉には安心させられる。
 20代で、留学していた時の語学力は、今はない。
 子どもの英語学習もそうなのかも。うちはやってないけど、早期教育で発音が
 よくなる、とは言っても使わなければさびつく。
 本当に必要になれば、嫌がおうでも使えるようになるべ。
 「外国人労働者の移民」については、諸外国の経験から日本は色々学べるのかも。
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「梅棹忠夫 地球時代の知の巨人」 
・ウメサオは、学問や研究に経営という視点を持ち込んだ人。
 その思想の血脈は菅浦の経営学に起源しているのかもしれない。
・これからの冒険は宇宙ですわ。
・私はマルクスの徒であると思います。私(ウメサオ)はマルクスについて
 非常に評価が高いんです。
・ローマ字であれば、検索システムが作りやすい
・英語は嫌です。英語でやりますと、英語を母語としている人たちとそうでない
 人たちの間には、ものすごい格差がでる。差別がでます。差別こそは人類の敵
 だと、私は考えております。
・乾燥地は暮らしやすい。清潔で健康に暮らせるからだ。水は不足するが、
 足りないものを補うことはむしろ簡単だ。
・中国の漢字の恐ろしい同化力。
・(橋爪大三郎教授による批判→)
 「文明の生態史観」は気候区分のような自然条件が、文明のあり方を規定する
 という、大胆な主張である。
 これは、当時の人々にとって耳触りのよい話であった。
 21世紀になって、世界は新たな姿を現しつつある。
 人類は大きく4つのグループに分かれることになった:ヨーロッパ文明、
 イスラム文明、インド文明、中国文明。それぞれ、キリスト教、イスラム教、
 ヒンドゥー教、儒教を中核とする。
 日本が近代化が簡単だったのは、生態学的な理由ではなく、宗教的な理由だった
 のではないか。
 政治と経済と軍事と外交と学術の、関連のなさが、戦後日本の特徴である。
 文明の生態史観の軽さは、戦後日本の軽さでもある。
・(糸井重里→)絶対のお勧め本「情報の文明学」
・(井上ひさし→)羽仁五郎を煽動屋と批判する人に対して、羽仁は「学者は
 もともとそういうもの。だいたい、考えて、書いて、しゃべることに忙しくて
 行動する暇がない」と答えた。
 (知的生産の技術のように)立派な書物はすべてアジテーションをふくんでいる。
 羽仁も梅棹もともに上等で良質な煽動家なのだ。
・誰だって知的生産できるんですよと上手く応援するような、ウメサオ先生は
 もともとそういう体質があったんやと思います。アジテーターということも
 ありますよね。
・企業家、アントレプレナーという立場で作り上げていっているんですよね。
 しかもユーザーフレンドリーに。
○この本を「ウメサオタダオ展」に行く前に読んでおいてよかった。
 色々な人の目から見たウメサオ先生が見える。
 良い意味で、人をあおる(その気にさせる)アジテーター。
 
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投稿者:関根雅泰

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