「アフォーダンス入門」

お薦めの本

「アフォーダンス入門」
 佐々木正人

○自分の理解不足だが、まだわかったようなわからないような
「アフォーダンス」。でも刺激的。ダーウィンに対する見方も変わる。

(・引用/要約 ○関根の独り言)
●サンゴ礁の心理学
・跡は、行為が場所と深く関係して行われているということを示している。
・生き物のするあらゆることは、それだけ独立してあるわけではない。
 行為があるところには、必ず行為を取り囲むことがある。
 まわりがあって生き物の振る舞いがある。
・生き物の行為とその周囲とはどうやら2つで一つのこと。
●生き物はこのようにはふるまわない
・ミミズはダーウィンが予想した以上にすごい力で「大地をかき混ぜている」
・自然は、ミミズという土を食べ、大地をかき回し、その表面を糞で
 肥沃な土地にかえる動物をうみだした。
○今自宅で小さな自然農法の畑をやっている。農薬、肥料を使わずに、
 土の力で野菜を育てるやり方だ。土さえよければ、野菜は育つということらしい。
 初めてやった2009年の春~夏は、最初に入れてもらった土がよかったのか、
 何とか収穫できた(トマト、なす、二十日大根、赤かぶ、すいか)
 そのときは「山が落ち葉を栄養にして、土を肥やしていくようにしろ」
 と教えてくれる近所の友人から聞いた。
 そのとき「ミミズが住めるような環境を作れ」ともいわれた。
 畑でミミズを見つけると、以前は気持ち悪かったが、今は宝物のように見える。
 ミミズが住んでくれる畑になった。
 今回の話で、ミミズの偉大さが少しわかった。
 ダーウィンが観察していたとは知らなかった。
・ダーウィンの進化論は、「変化(進化)には目的も方向もない」
○そうだったのが、スペンサー?だっけ、社会進化論という形で、
 進化の方向(欧米白人文化が先進)がつけられたのか。
・ヒトは下等と呼ばれる動物の行為に対して、つい「刺激ー反射」という
 図式をあてはめてしまう。
・ダーウィンは、動物の行為を機械の動きにあてはめることが大嫌いだった。
・ダーウィンは「ミミズは体制こそは下等であるけれども、
 ある程度の知能をもっている」と結論づけた。
●「まわり」に潜んでいる意味ーアフォーダンス
・ミミズの穴ふさぎ行為のように、限りない柔軟性、多様性と環境にあって、
 今進行中の行為に利用できそうなことを、偶然にではなく、ちゃんと
 見つけ出せるというのは、確かに「知的」といわれている人間の行為の特徴。
・人間も動物も、今している行為が利用できることを、回りに探し続けている、
 そういう存在。
・我々を取り囲むところには、行為が利用できることが無限に存在している。
 これら環境にあって、行為が利用していることを
 「行為だけが発見することができる意味」と呼ぶ。
・ヒトは、取り囲んでいる多様な意味を柔軟に捜し求めている。
 そこには行為だけが知っている意味がある。
・ギブソンは、アフォーダンスという名前をつけた。
 環境にあって、行為が発見している意味に対して、
・アフォードは「与える、提供する」などを意味する。
 アフォーダンス Affordanceは造語。
 「環境が動物に提供するもの、用意したり備えたりするもの」
 我々を取り囲んでいるところに存在している意味。
○周りにあるものの意味を、行為を通して探す。
 行為がなければ、意味は発見されない。
 動くものとしての動物がいてこその、意味=情報?
・珊瑚やミミズがしていることは、その周りに起こっていることと
 一つのこととしてとらえなければわからない。
・19世紀からの伝統的な知覚のモデルは、感覚器(死角)からの入力を
 脳が処理して「意味」にすると説明してきた。
 つまり「意味」を作り上げるための特別な仕組みが
 動物の「内部」にあると考えた。
・ギブソンは、世界にある意味をそのまま利用する
 「情報ピックアップ(抽出)」理論として、アフォーダンス理論を立ち上げた。
 ヒトは世界を「直接知覚」していると言い、世界にはそのまま意味に
 なることがあるとし、知覚とはそれを探す活動だと言った。
・経験が誰か一人のことで、それは他者とは分かちもたれないという説を
 独我論という
・ヒトが環境の中を動き回ってそこに現れる情報を探ることだとしたら、
 他者といつでも知覚を共有する可能性が鋸される。
○人は他者がみているものを、同じように見ることができるということか。
 同じ風景を夫婦で見ていても、感じるところは違う。同じものを見ていても、
 同じようには見ていない。と思っていたが、そうではない可能性もあるのか。
 マンガ「マスターキートン」でもこのテーマの話があったなー。
●知覚する全身のネットワーク
・機械をモデルにして、動物の行為について説明することはナンセンス。
・身体を制御するためには、筋も骨もいつも休みなく動き続けて
 いなければならない。
・多くの要素が完全にリンクした、全身のネットワークのやっている
 止むことのない調整のことを、ベルシュタインは、
 「協調(コーディネーション)」とよんだ。
・光学的情報との遭遇によっても身体は協調のあり方を変化させる。
 人の動きを変えるのにいつも力がいるわけではない。情報があればよい。
○人が見ている風景に変化を与えることで、人の動きに影響を与える?
・行為は、環境にある意味、つまりアフォーダンスに動機付けられて始まる。
・生きて動くものが生きている限り、アフォーダンスは探し続けられる。
○探し続ければ、いつかは見つかるということか。
 情報(=答え?)が環境の中にあるとすれば。
●運動のオリジナル
・あらゆる植物のあらゆる部分は、発達のどの時期にもどちらかの方向に
 少しずつ回っている。
○これは面白いなー。植物も動いている。
・生き物の運動が、まずはオリジナルな無垢な動きとしてこの環境に
 あらわれるということ。そして現れた瞬間から環境にあることのすべてに
 出会うこと。周囲のすべてのことと関係してオリジナルから変わった
 一つの運動が現れるということ。
・ピアジェは、自分の子供たち3名の発達を克明に記録した日誌をもとに、
 大きな著作を残した。
○自分の子供を詳細に観察する。それは面白いけど、第三者的な
 観察者のみにはなりたくないなー。やっぱり親は当事者として子供に
 関わる必要があるだろう。
・ありのままを見る。理論を媒介にして観察しない。
○「きっと、こうだろう」「こうなるはず」と考えてものを見ないということか。
・我々が行為に観察できることは「はじまり」と「まわり」と
 「はじまりからの変化」しかない。
 ブルートファクツは変化の「たね」である。
・ダーウィンは、Evolution(進化)という用語の使用を
 はじめは避け、後にも慎重だった。
●多数からの創造
・環境を知るということは、自己を知るということ。
 知覚情報には「外部」についての情報と、自分の身体についての
 情報という2つのことが切り離せない形で共在している。
・我々が行為をするときには、アフォーダンスを利用している。
 アフォーダンスを言葉で表現することは本当に難しい。
○確かにそうだよなー。本を読んでも、わかったような、わからないような、
 感じがするのが正直なところ。
・アフォーダンスは、主観的ー客観的の二分法の範囲を越えている。
・「語る前に見よ」観察を重ねて、少しは「見える」ことにしてから
 議論する必要がある。
●解説
・アフォーダンスとは、それをしようとしなければ出現しない利用可能な
 環境の中の情報である。
・人間は個々別々の知覚しかできないという独我論が、アフォーダンス理論を
 その一部とするエコロジカルサイコロジーによって乗りこえられる。

投稿者:関根雅泰

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