【木曜日10】『科学革命の構造』_210310-18

お薦めの本

【木曜日10】『科学革命の構造』_210310-18

○立教大学 中原研 院ゼミ 春休みの課題本

『科学革命の構造』T.クーン、中山茂訳(1971)

●まえがき

・L.フレックの『科学的事実の起源と発展』(1935)により、自分の考え方が、科学者集団の社会学の中に位置づけられるべきものであることに気づいた。

・パラダイム paradigm とは、一般に認められた科学的業績で、一時期の間、専門家に対して、問い方や答え方のモデルを与えるもの。

●第1章 

・近年に至って一部の科学史家は「累積による発展」という科学観に基づいてやっていけないことにだんだん気が付いた。

・通常科学 normal science において、研究は、専門教育で与えられた既成の概念の鋳型の中に、自然を無理して詰め込む真摯なたゆまない努力である。

・専門家たちに共通した前提をひっくり返してしまうような異常な出来事をこの本では、科学革命と呼ぶ。

○ゼミでの意見交換

・大文字の理論(グランドセオリー)が通用しない時代になったのでは。
・それ一つで説明できる理論が無い。

・マートンの中範囲に適用する理論。

・社会科学の一分野である経営学で、科学を名乗った場合、何が科学なのか、迷っている。

・人間臭い所に、目がいった。
・科学をやっているのも、人間だし、そこでの人付き合いの中で、独特の文化があるよね。
・科学者の神聖性は無い。

・「パラダイムの魔力」(イノベーションのジレンマ)

・パラダイムの定義が、この本の中でも揺れている。数通りある。

・服部先生の「組織行動論の考え方・使い方」でも、クーンのパラダイムについて触れている。
・「大きな物語」は?

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●第2章

・「通常科学」とは、特定の科学者集団が一定期間、一定の過去の科学的業績を受入、それを基礎として進行させる研究。

・学生はパラダイムを学んで、将来仲間入りして仕事をしようと思う特定の科学者集団のメンバーになる準備をする。

・パラダイムが変わることが、科学革命である。

・社会科学の分野では、パラダイムというものが、はたしてできているかどうかさえまだ問題である。

・科学の発展の初期の段階には、多くの学派が出てくる。

・パラダイムがあるからこそ、仕事がはるかに有効に進む。
・正しい道にのっているという科学者たちの自信は、彼らがさらに正確で突っ込んだ、骨の折れる種類の仕事に取り掛かるのを励ました。

○ゼミでの意見交換

・研究は「編みかけのマフラー」パラダイムは、毛糸の色。
・研究を捉えるメタファーは?

・自分にとっての研究は「円の中で、穴を探す」
・もっと違う円や土台があるのではという視座の高い研究者もいる。

・業績として、論文を載せるためには、パラダイムが必要。
・学派は、どう作られていくのか?

・実務経験が豊富だと、理論やパラダイムに、異議を唱えたくなることがある。
・「これだと説明しきれてないよね」かといって、パラダイムに乗っからないと、業績を出せない。

・理論を実践に返したい。
・研究していることが、次世代に続くようにしたい。

・専門化集団の中で評価されるのが研究のみ。
・それでは、教育、実践に力を注がない。

・自然科学と違って、社会科学は、範囲限定的。

・大学教員として生きていくならパラダイムは必要。

・専門化集団の単位。大学も状況によって変わるでは。

・アカデミアでのパラダイムもあるが、仕事をしていてのパラダイムもある。
・MBA的なパラダイムが、エンロン事件で崩壊した。
・実務の世界で、自分がどんなパラダイムで生きていきたいのか。

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●第3章

・既成の用例では、パラダイムは受け入れられたモデルとか型のことである。

・一つのパラダイムからどれほど多くの後始末的仕事が生じるか、そういう仕事を遂行するのがどれほど面白いか。
・こういう後始末的仕事が、通常科学である。

・パラダイムが支えるお仕着せのかなり融通の利かない鋳型に、自然を嵌め込む試み。
・通常科学的研究では、パラダイムによって既に与えられている現象や理論を磨き上げる方向に向かう。

・18世紀初めまでは『プリンキピア』をパラダイムとする科学者たちは、その結論が一般に当てはまることを自明としていた。

https://kitnet.jp/backup/article/4/a4.html

・3つの部類の問題―事実の測定、事実と理論の調和、理論の整備で、経験的、理論的両面にわたる通常科学の文献は、全て蔽われていると思う。

○ゼミでの意見交換

・支配的なパラダイムは?
・ガーゲンの社会構成主義は、その一つでは。

・起業家の研究は、パラダイムが無い。枠組みが無いと困る。

・博論で先行研究を深ぼりするときに、枠組みが必要になる。

・起業家は、起業家研究を参考にしない。
・学者が、起業家に注目。

・実績を積んだ大先生が言うから、新しいパラダイムになる。
・社会科学は、色々解釈ができるから。

・実証研究に興味がない先生もいる。
・新しい理論を生み出したいという想い。

・実証がないまま、理論が正しいとは言えない。
・経営学では、実証がもてはやされている。
・数字のほうが、説明しやすい。

・理論研究のほうが、時間がかかる。
・業績を短期間で出したいとしたら、実証研究。

・経済活動とのつながりは大きい。四半期決算の影響等。

・「革命」だと前のものを打ち壊すイメージがある。
・「説明できないじゃん」という違和感から、次のものが生まれる。
・社会革命と科学革命では、同じ革命という言葉でも違う。
・実務家は、社会「革命」的なことを求めるのでは?

・先行研究をリファーすることが、実務家は苦手。
・実務家は、自分で考え、仮説を立て、実行していく未来志向。

・イノベーションは、革命的ではなく、ゆっくり変わっているものもあるかも。

===

●第4章

・通常科学の研究問題の最も著しい特徴は、全く斬新なものを生み出す作用は、全然しないと言うことである。

・通常科学の研究で得られた結果は、パラダイムを応用する範囲と精度を増すが故に、意味がある。

・通常科学の問題を完成するとは、予期していることを、新しい方法で得ること。
・それに成功する人は、パズル解きの熟練家であり、このパズルが彼をして仕事に惹きつける大きな役割をしている。

・パラダイムが受け入れられれば、その問題には、解があるとみなしてよいのだ。

・科学の問題をパズルとみなせば、パズルには解答が存在するという特性以外に、他の性格もある。それは、ルールである。

・ルールはパラダイムから得られるが、パラダイムはルールが無くても研究を導きうる。

○ゼミでの意見交換

・通常科学は「パズル解き」と言われることに違和感があった。皆さんは?

・パラダイムとルールの関係は?
・パラダイムの上に、ルールが立っている?

・パズル解きは、「熟達」に近いのでは。
・パラダイムは、イデオロギーぽい?

・「Aジャーナル パブリケーション」物語

・一領域で、論文を大量生産する研究者もいる。
・フォン・ノイマンのように、横に研究を広げる天才もいる。

・この時代の人で、子育てとかもしないから、研究に注力できたのでは。

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●第5章

・標準らしき一連の説明の仕方が繰り返される。これらが、その専門家集団のパラダイムであって、教科書等に現れてくるものである。

・先人の業績をモデルとして真似することは、その後、独立した科学研究者となっても普通続くのである。

○ゼミでの意見交換

・人材開発の現在のパラダイムは? 経験学習パラダイム? 
・社会構成主義では。

・「組織のメソドロジー」各種の主義が、組織論といかに関係しているのかを書いた本。

・博論に、哲学的議論がどう関わってくるか?

・現実の問題解決につなげたいという欲求が、中原研にはある。プラグマティスト。
・社会構成主義が主だが、実証主義的に物事を進める必要もある。そのジレンマを持っている研究者。そういう自覚をもって研究を進めていく。
・「どっちつかず」という言葉をポジティブにとらえたい。

・混合研究をしたい。相対的にとらえたい。
・手法が混ざるからこそ「あなた、どの世界観で語ろうと思ってるの?」と問われやすい。

・どの方法論を使うにせよ、その世界観を理解するまで、道具を磨き上げる必要がある。
・よって立つところが違う。その世界に立つ人のレベルまで行けない。道具が借り物になってしまう。

・「科学が作られているとき」「科学論の展開」
・自分がよって立つ理論的基盤がどこなのか。科学の文脈に位置付けることが、博士課程の深み。
・Ph.Dは、Philosophyだから、哲学なんだと。

・野中先生の「ワイズカンパニー」では、哲学書のレビューを徹底的に行ったそう。
・哲学が無いと、軽い。

・「人がどう生きるか」という問いは、人材開発研究者には外せないのでは。
・「何のために」人材開発を?

・言語ゲーム。「開発」という言葉自体が、今のパラダイムに合ってない。
・Developmentという言葉も変わっていくのでは。
・「開発」は、元々仏教用語。・自動詞的「発達」 他動詞的「開発」

・日本語に転換した時、思想性やパラダイムが抜けてしまうのでは。

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●第6章

・パズル解き活動としての通常科学は、きわめて累積的な事業。

・(発見に関する)この種の問題には、答えが無いのだ。
・発見とは、概念が変わってゆく広がりをもった過程を含むものであったとしよう。

・ラヴォアジェは、燃素仮説には、どこか欠陥があり、燃焼する物体は、大気の一部を吸収すると考えていた。
・この何かおかしいというラヴォアジェの感じ。
・どこか既成の理論がおかしいということに気づいた。

・専門化が進んでくると、科学者の視野を非常に制約することになり、これがパラダイムの変革に対する大きな抵抗となってくる。その科学は、益々動脈硬化してくる。

○ゼミでの意見交換

・革新が訪れる人とは?

・ある時期に、集中する。・違和感がたまってくる。

・今は「心理的安全性」が流行っている。・社会情勢による影響もある。

・行けそう!と思うと、その分野に、研究者が集中する。

・自然科学と社会科学の違い。・社会科学は事実というより解釈。

・皆が暗黙知で「そうだよな」と思っていることに名前を付ける。

・類似の概念を使っていても、先行研究を引用していないものもある。
・同じことを研究しているのに、参照してない。

・異文化コミュニケーションと組織社会化。

・パラダイムに乗ることで、深く研究できるのはあるが。
・複雑系では、一つの領域ではなく、複数の領域を架橋することが必要。

・まちづくりの研究。状況論的な目線がなかった。・実践共同体の考え方が、地域で活かせると思った。

・学環では、経営学の用語で話しても通じない。

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●第7章 危機と科学理論の出現

・変則性に気づくことが、新しい種類の現象の出現に一つの役割を演ずるとするなら、その変則性をより深く認識することが、理論の変革への前提となることは当然であろう。

・通常科学の問題が、どうも予想通りにうまくゆかないという状態から、不安が生じる。
・既存のルールの失敗は、新しいものへの探求の序曲である。

・パラダイム変更の特に有名なケースとしてのコペルニクス説。
・紀元前二世紀から、紀元後二世紀までの間に発展した先行するプトレマイオスの体系は、恒星や惑星の位置の変化の予測を実にうまく行った。

・小さい食い違いをできるだけ少なくすることが、プトレマイオスの後継者の天文学者たちの通常の仕事だった。
・彼らの通常科学的研究の努力の結果として、天文学は恐ろしく複雑になり、一方を直せば他のほうに食い違いがまた現れるというありさまになった。

・16世紀、コペルニクスの共同研究者 ドメニコ・ダ・ナヴァラは、プトレマイオスの体系のように込み入って不正確なものは、きっと自然を真に表すものではありえない、と考えた。

・天文学のパラダイムが、昔からある問題にさえもうまく当てはまらなくなってきた。この認識が、コペルニクスをして、プトレマイオスのパラダイムを捨てさせ、新しいものを求めさせる前提となったのである。

・一つの理論に対して、たくさんの解釈が繁殖したということ自体、ごくありふれた危機の兆候である。

・気体化学にとって、燃素説がだんだん曖昧になって役に立たなくなってきたことが、ラヴォアジェの直面した危機の唯一の源泉ではなかった。
・彼がもっと関心のあったことは、重量増加の問題であった

・燃素説は、まだ役に立つ道具と信じられていたけれど、この18世紀科学のパラダイムは、徐々にそのユニークな地位を失っていった。

・相対論の出現への道を拓いた19世紀後半の物理学における危機。
・マクスウェルの電磁理論も、ニュートンから出発したものであったが、ついには出発点であるパラダイムを危機に曝すことなった。

・ある体系の危機的状態の際に現れる、多数の理論の並立という結果になった。
・こういう歴史的な背景の上に、アインシュタインの特殊相対論が、1905年に現れたのである。

・どの場合にも革新的な理論というものは、通常の問題を解く仕事が上手くゆかないことがはっきりするようになって、初めて出現したのである。

・完全に予測されていたもので有名なのは、コペルニクスの太陽中心説で、紀元前3世紀に、アリスタルコスが既に見越していた例である。
・天文学者たちが、コペルニクスに魅かれた要因の一つ(そして、アリスタルコスには魅かれなかったもの)は、まず新しいもおを待望する危機意識であった。

・危機の意義は、道具立てを変える機会が、ついに到来したことを示す指標を与えることにある。

○ゼミでの意見交換

・研究「業界」という言い方を、研究者は好まないのでは。

・パラダイムが、一種の宗教で、変更が「改宗」することぐらいなら、日本人は、本当にそこまでパラダイムにこだわるものなのか?(第二次世界大戦後の宗旨替え)

・OD業界で読まれている本。パラダイムがいかに切り替わるのか。

・測定できるツールによって、パラダイムが変わる。

・研究は「面白い職業」。・研究は、人間的な営み。周りが乗ってこないと動かない。

・査読が通るかも、人間的。

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●第8章 危機への反応

・科学者は、既成のパラダイムへの信頼を失い、代わりのものを考え始めるけれども、危機に導いた既成のパラダイムを放棄はしない。

・理論に合わないことを、科学哲学用語で、反証例というが、彼らはそれを反証とみなしたがらない。

・科学者は、変則性や反証例に直面する故に、パラダイムを排斥するということは、疑われる。

・歴史上に名前は残っていないが、パラダイムの危機状態に耐えられず、科学を放棄してしまった人たちがかなりいたに違いない。

・パラダイムなしに、研究というものは成り立たない。
・一つのパラダイムを捨てると同時に、それに代わるパラダイムを採用しなければ、科学自体を放棄することになる。

・危機はいろいろなパラダイムの変種を誘発することによって、通常科学のパズルのルールを緩め、最後には新しいパラダイム出現の道を拓くのである。

・科学理論は、一つも反証例に直面しないか、科学理論はいついかなる時にも反証例にさらされているかのどちらかである。

・コペルニクスの直面する危機の一つの根源は、プトレマイオスの体系に残っている不一致の点をなくそうと、天文学者たちが「無駄に努力してきた」単なる時間の長さ、伝統の重み、の問題だったのである。

・様々な理由で変則性が単なる通常科学上の問題以上に見えるようになった時に、危機からさらに「異常科学」へと移行が始まる。
・通常科学のルールがますますかすみ、パラダイムが何であるか意見の一致を見なくなる。

・すべての危機は、パラダイムが色あせることから始まり、その結果、通常科学のルールが怪しくなる。

・現在の場の理論、素粒子論の研究に現れているのが一番いい例。

・危機が認められる時代には、科学者たちは、自らの分野の謎を解明する手段として、哲学的分析に立ち向かうことがある。科学者は、普通は哲学者を必要とせず欲しもしない。

・ある個人が、いかにして集積されたすべてのデータに秩序を与える新しい方法を発明するかは、ここでは測り知れないものであり、永遠に不可知に止まるであろう。

・新しいパラダイムの基本的発明を遂げた人は、ほとんどが非常に若いか、パラダイムの変更を促す分野に、新しく入ってきた新人かのどちらかである。

・新しいパラダイムに移行することが、科学革命である。

○ゼミでの意見交換

・お客様の動きによって、会社の動きも変わる。東京の大手企業と、地域でも違う。

・某社は、既にオンラインにしていた。拠点をどこまで広げるのか。であればオンラインに。2つのパラダイムが並行して走っていた。

・平時はボトムアップ、有事はトップダウン。

・SLというパラダイムが浸透すると、階層が無くなるのでは。流動的な組織に。

・新興ベンチャーのほうが、階層を作りたがる。
・階層が無いと、マネジャーは育たない。
・Span of Controlを超えないように、ITを活用する。

・やってる仕事によって、組織の複雑性が変わる。
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●第9章

・政治革命も科学革命も、機能が悪くなって、危機に至る感覚が、革命の前提。

・通常科学は、累積的なもの。

・アインシュタインの理論は、ニュートン理論が間違っているという認識と共にのみ、受け入れられる。

・新しいパラダイムを受け入れることは、それに対応する科学の再定義を伴うことが多い。

・パラダイムは、科学者に自然がどういうものを含み、どういうものを含まないとか、見取り図を与える。

・パラダイム間の論争に特徴的なこととして、論理的に十分かみ合わないことがある。

○ゼミでの意見交換

・少数派の新パラダイム側が、どう対処していく?

・既存パラダイムの成功者が、上に来る。その人の感度が高ければ、新パラダイムを活かそうとする。

・原宿駅 古い駅舎を残しながら、新しい駅舎を作る。電車を動かしつつ。ある日、変わる。
・まろやかに、マイルドに変換。
・受講生に選ばせる。旧態依然としたコースは自然と無くなっていく。

・古い人にもフェイドアウトしてもらい、自分たちもフェイドアウトしていく。そうすると、新しい人も入りやすくなる。

・教授法のパラダイム「なんで俺が教えずに、学生が教えるんだ!」
・学生の意見が一番の支え。・お客様が求めている方向に変わる。

・お客様や学生がいない場合は、何が、基準になるのか?

・研究者の評価は、同業の研究者が行う。
・学会の文化。足が遠のく学会。足しげく通う学会。

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●第10章

・パラダイムの変革は、科学者たちに彼らが研究に従事する世界を違ったものと見させる。

・学生は、科学者として物を見、科学者として反応するようになって、科学者の世界の住人となる。

・自然をパラダイムに合わせることは難しい。だからこそ、通常科学の問題は重要であり、またパラダイムなき測定が結論に導くことは殆どないのである。

○ゼミでの意見交換

・パラダイムによってデータの見方、解釈が変わる。

・研究者が取ろうと思ったものしかデータを取れない。
・パラダイムに乗ったものしか取れない。

・何かを測定しようと思ったら、測定ツールを使わざるを得ない。

・複数の情報源を見て、メリット、デメリットを考えて、自分なりに判断。

・あえて情報から離れる。情報を寝かせる。

・判断軸を確立することが重要。

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●第11章

・権威の源として、主に科学の教科書と、教科書になぞらえた啓蒙書と、哲学的著作の3つがある。

・科学者は、英雄の仕事を、忘れるか、書き直すことができるのだ。

○ゼミでの意見交換

・研究テーマに関する「教科書」の中で「革命」が目立たなくなっている部分、もしくは「革命」の後に「無かったことにされてしまった」部分は?

・最近の教科書には「士農工商」が、身分制度としては紹介されてない。

・旧パラダイムの教科書も、新パラダイムの教科書が併存している。
・教授法は、旧パラダイム。

・組織社会化の研究だと「洗脳」の部分は、削除されている?
・組織社会化は、元々、質的研究で始まった。社会化には、ネガティブ、ポジティブな側面がある。(例:Schein、Van Maanen)
・量的な実証研究により、企業のための研究になったところで、企業にとってポジティブな面が強調されるようになった。
・「適応」もマイナスの側面がある。

・研究の歴史を、書籍に書く際に、どう再構成したのか?

・意識がないまま、何かを選んで、何かを落とした。そぐわない概念は落としたのかも。
・自分にはメガネがかかっていた。そのメガネが、パラダイム。

・先行研究のレビューでも「見ない」「見て見ないふり」「見えてない」ものもあるのでは。
・メガネをかけて、インタビューしているという葛藤。

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●第12章

・パラダイムの新しい候補者が、前任者にとって代わる手段。

・変革者はふつう非常に若いか、危機に陥っている分野に新しく登場した新人であって、古いパラダイムで決定される世界観やルールの中に、他の人たちほど深く埋没されていない。

・カール・R・ポッパーは、ファルシフィケーション(虚偽性の立証)を強調する。

・パラダイム間の競争は、証明によって決着をつけられるような種類の戦いではない。

・19世紀にはじまったラヴォアジェの化学理論は、化学者に、なぜ金属はお互いによく似ているか、という問いを発することを禁じることになった。
・パラダイムの移行は、許される問だけではなく、得られた答えを一つ失わせることを意味した。

・コペルニクス革命は、物理学や天文学の問題を見る全く新しい見方であった。

・対立するパラダイムの主張者は、異なった世界で仕事をしているのだ。
・同じ点から、同方向を見ても、違ったものを見る。

・新しい科学的真理は、反対者が死に絶えて、新しい世代が成長し、彼らには当たり前になってしまう時に、はじめて勝利するのである。

・新しい理論は、古いものよりも「きれいで」「要領よく」「簡潔」であるとする、各個人の良識や美的感覚に訴えることで、新しいパラダイムを科学者を採らせる。

○ゼミでの意見交換

・N先生は、12章の5つの方法を実践しているのでは。

・他者から依頼されることが増えてきた。自分の経歴を見て。
・自分では気づいてない自分に対する期待。
・原点に戻っていくのでは。

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●第13章

・「科学」という言葉は、たいてい、明らかに進歩するという分野に使われる。

・ルネサンス時代、科学と芸術の間の断層は、殆ど感じられない時代であった。
・当時は、その間を自由に行き来する人が多数あって、レオナルドはその中のただ一人にすぎなかった。

・パラダイムがあることで、グループ全体の問題を解く有効性と能率が増進する。

・科学革命には、利益と同じく損失もある。

・我々は、科学を、自然が前もって設定したある目標に常に進める事業であるとみなす習慣に、あまりにも慣れ過ぎている。

・目的論的な進化観の放棄は、ダーウィン説の中で最も重要で、一番不愉快なものであった。

○ゼミでの意見交換

・「全て疑う」という社会科学の教育を受けてきた人たちと、自然科学の教育(真理は一つ)を受けてきた人ではかみ合わないのでは。

・社会科学の自分は、人間に近い所で、意見を言う。
・AIやデータサイエンスも感情に着目。

・科学的思考を持つ人と、そうでない人がどう共存するか。これも異文化コミュニケーション。

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●補章-1969年

・パラダイムは、科学者集団の成員が共通に持つものであり、そして逆に科学者集団はパラダイムを共通に持つ人たちからなる。

・パラダイムの代わりに「Disciplinary matrix 専門母体」という言葉を提案する。

・説得して、他の派を転向させようとしなければならない。

・通訳できない(incommensurable)

・「である」(叙述的)と「べきである」(規範的)は、見かけほど、常に分離されるものではない。

・科学者集団において社会化の段階とはなんであるか。

・我々は、科学知識を想像し、使用するグループの特殊性格を知る必要がある。

○ゼミでの意見交換

・ブラッシュアップしたものが、あまり使われない例は?(パラダイムの代わりの概念があまり広まらなかった)

・組織開発も欧米の研究が活かされている。
・日本である現象が出てくると、元々の概念はこうだ!と言われることがある。

・例えば、Mediation 仲介 という概念。
・日本で扱う時には、概念が広すぎて、使えない。

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●訳者あとがき

・パラダイムの定義の不明確さを突かれ、激しい議論が戦わされた。

・科学研究を動態的にとらえるのが、彼の仕事の狙いである。

・「科学革命」が起こって科学者たちは新しい「パラダイム」の下に「通常科学」の伝統を拓き、その伝統の中で「危機」が起こると、次の科学革命を準備する。

・現代科学哲学の主流となっているイギリスのポッパー派は、「通常科学」を攻撃。

・科学革命と通常革命という科学研究の二重の位相を取り出したことが、本書の最も重要な貢献。

・クーンは、訳者の旧師。

===

皆さん、ありがとうございました!

投稿者:関根雅泰

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