「インターネットの子供たち」

お薦めの本

「インターネットの子供たち」
  三宅なほみ

○ネットにより子供たちの学びが変わる可能性。
 学校の奇妙さにも目がいく。

(・引用/要約 ○関根の独り言)
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●インターネットがやってきた
・教育に関心をもつものの目から見ると、このようなデータが手に入るなら、
 ここから何がいえるのか、どのような授業ができるのかという問題が生じる。
・一つのデータからいくつもの授業が生まれる。
○ここに教師の力量がかかわってくるんだろうなー。
・数字や記号のやりとりで十分、国際協力できる。
・データの収集と集中、共有という図式は、ネットの強みが
 もっとも素直に生かされうる分野といえる。
・酸性雨のデータ集めに学校の子供たちが協力。
 こういう活動を通じて、学校で習うことと世の中で大人が大切だと
 思っていること、知りたいと思っている こととのつながりを
 感じ取ってもらうことができる。
・問いは勝手に湧いてくるものではない。ある程度のことが分かっていなければ
 何が分からないのか、あるいは何が分かれば嬉しいのかさえ自覚できない。
 よい問いを導くには、よいインタラクションが必要なはず。
・「教科の学び」が、「教科内容の学び」から教科内容を材料にして、
 教科とか学問とか人間の知といったものそのものについて考えることの
 学びにつながっていく。
・インターネットが学びに結びつくとき、こういう学びの変化が起きる。
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●インターネットで学びは変わる
・人間は「今、その場」の状況に大きく依存して、できること、やり方が
 変わってしまう。
・人は過去の経験を生かしつつ「今、ここ」の外の世界にあるもの(道具や他人)
 を上手に使うことができるから有能。
・外の世界にあるものを、その場の目的にあわせて上手に使うことが
 むしろ人間の知性の現れではないか。
○頭の中にため込み、それをひっぱりだせる、ことが有能さではない。
 暗記と再生、記憶力だけではない。
 その場の状況に合わせて、頭で考えることが、知恵を出すということなのかも。
 そうは言っても、ある程度の頭の中の知識も必要では。
 うちの娘(小1)は、ひらがなが読めるようになり、
 カタカナ、漢字も少しずつ覚え始めた。
 多少の蓄積(文字、計算)がないと、その場の状況にあわせて、
 道具や他人も上手に使えないのでは。
・学校では、創造性という能力はあまり身に付かない。
・場への適応力が、人間の有能さの本質
・今の認知研究、教育実践研究では、人の場への適応力の育成を目指すことが、
 インターネットの教育利用という発想を支えている。
○「場への適応力」を、身につけさせるにはどうしたら・・・
・今の教育に求められるのは、完成した知識をかみ砕いて
 子供たちの中に移植していくことではない。
・これから必要になる新しい知識を作り出すために、これまで積み上げられて
 きた知識をうまく活用する。そういうことのできる力が、これから益々必要になる。
○「巨人の肩に乗って」
 大学院に入って、研究者の世界をかいま見ている中で、印象に残っている言葉。
 そのために「巨人」の内容、今までの先行研究を知らないといけない。
 子供たちも、やはり基礎があって、考える土台ができるのでは。
・人が持っている知というものも、一人の頭の中に何がどれだけ詰め込まれて
 いるかで、その質が決まるのではなくて、いつどんな時にどれだけ引き出せるか、
 引き出してきた結果がどれだけ他の人と知と相互作用を起こして
 よりよく変われるかという側面が大事だということになってきた。
・ヴィゴッキーは、子供が発達するのには、発達の最近接領域があると考えた。
 自分一人でできること、それの上に発達の最近接領域として
 人に手助けしてもらえばできることの領域がある。
 最近接領域=その領域の中に含まれていることが、
 その子供が次にできるようになる可能性が高いことがら
 
○手助けしてできるようなことは、子供がいずれは一人でできるようになること? 
・学校とは奇妙な場所。大人の数と子供の数がアンバランス。
○確かにそうだよなー。一人の教師に、30数名の子供。
 子供集団で、はずれる子ができるのも当然かも。
・子供を見る目、手助けする手は、数が多い方がおもしろいのでは。
・子供一人一人の興味や関心に対応した質のよい最近接領域を確保するためには、
 その一つ一つの興味や関心に対応できるだけの大人の側のバリエーションが必要。
○俺が、地域のおせっかいとして「学校応援団」で絡んでいるのは、
 いいことなのかも。
 最近接領域のバリエーションを増やす。
・情報はどこかにある。問題は情報が多すぎること。
・ある短い時間に教えてもらったことを、ごく短いテスト時間の中で
 思い出せるかどうかで、子供の価値付けをするという習慣が続いていくとは思えない。
○確かにそうだよなー。この能力がいかせる場面は、社会にでると、少ないのでは。
 試験にでる範囲を覚えて、本番で記憶から引っ張り出す。
・情報はどこかにある。情報を探し出せることのほうが大事になる世の中が
 もうすぐくる。
○日経のHさんがよく言っていることだな。
・人間は、自分たちが生き延びるために、分かったことは人に伝えるという
 認知的な性質を、進化の過程で育ててきたと考えられる。
・人は新しいことを見つけて、周りの人に伝えて、みんなで得をしたいから
 学ぶともいえる。
○これはおもしろいなー。人間が生き残っていくために、他者と知識を
 分けあうために、伝えると得するために、学ぶ。
 こういう考え方をしたことはなかったなー。
・ヴィゴッキーの言葉をまじめに考えるなら、
 大人はもっといろいろなことを子供と一緒にやるようにしたほうがよいのでは。
○ときがわ町スポーツクラブのSさんは、まさにこれを意識して
 やっているんだろうなー。
・ネットを上手に使う大人が子供の周りにたくさんいる必要がある。
○この辺は、俺が手助けできる点かも。ネットのお陰で、独立も出来た。
 
 俺は、ネットによる情報発信という点で恩恵を受けてきたのかも。
 今までは素人が情報発信する手段が限られていて、しかも高額だった。
・情報集めと情報伝えの媒体としてインターネットをとらえる
・人の有能さは、今そこにあるものを上手に使って、その場で必要なことを
 なしとげ、他人から与えられる手助けをだんだん自分のものにして、
 知識や技能を膨らませていくところにある。
・人の有能さ、知というものの本質は、社会的なもの。
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●インターネットを教室へ ~テクノロジーと環境の整備
・インターネットというシステム自体が変化していく。
 
 大人たちがネットにどう立ち向かっていくかという姿そのものを、
 子供たちに見せ、かつその努力の中に子供たちを巻き込むこともできる。
・ネットワークが教室で生きるためには、先生も生徒も今より少し暇になって
 「これから何がやりたいか」を考える余裕があることが一番大切なのかも。
○PCのセットとか、環境整備とかを、地域の大人たちがやることで、
 先生たちの負担を軽くすることには賛成。
 ただ、それだけだと関わる大人もつまらないだろう。
 子供たちの教育そのものにも関わっていきたい。
 専門家としての先生は尊重するが、授業開発や運営にも関わりたい。
 そう思う大人もいるのでは。
 
 少なくとも俺はそうなのかも。この分野にいるからか。
 経験に基づく教育論すべてにつきあうことはできないだろうが、
 それでもそういうことを先生たちと話せるとしたら、学校に関わる大人も
 より活気づくのかも。
 
・ネットワーク化されてどういうところがやりやすく、やりにくくなったのか、
 早くに導入された企業の事例などから学校の先生たちが学べることも多い。
・プライベートな空間と、みんなと一緒にものごとを考えていくための
 空間はわけておいて、しかも簡単に行き来できる方がよい。
・サンマイクロシステムズの事例
 講師が話している間に聞き手同士で意見交換する。
○これはおもしろいなー。
 参加者同士の意見交換を自然に誘発し、講師はそこでいったん話を止めて?、
 それを進むに任せる。
 
 そんな講義ができたらおもしろいのかも。
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●インターネットを教室へ ~教育の常識を見直す
・先生に問われるのは、前もって準備をして子供たちに分かりやすく話をする
 能力ではなく、わけのわからない情報がたくさん教室の中に飛び込んできた
 ときに、それを整理して、その中から知っておいた便利そうなこと、
 分かって嬉しいことを抜き出してみせる、そんな能力になる。
○こういう能力を身につけさせるのは大変だろうな。
 実際、こういう力を身につけている人はどのくらいいるのだろう。
・これまでの教師教育では、こういった情報収集、整理、編集能力を
 身につけるための努力はあまり推奨されてこなかった
・先生たちを育てる教育の仕方が変わってくるのももうすぐ。
○この本が書かれた1997年から比べて、今の状況はどうなのか。
 そうなっているのかな?
・学ぶ順序を自分で決める。「みんなが同じことを学ばなくていい」という考え方。
・ネットワークを使って、自分で情報収集しながら学ぶことがいいことだと
 いうとき、それは極端にいうと、ある分野だけしっかりわかっているならば、
 その他の付け焼き刃的な一時的知識(大学入試)よりよっぽどましと
 いっているのと近い。
○これは難しいなー。
 ある分野には詳しいけど、ほかの一般的知識をもってない。
 一般的知識という土台があって、その上に専門知識、
 というのが理想なんだろうけど。
 その一般的知識を身につけることで精一杯になり、その上に
 「自ら問題を設定して学ぶ」という学び方ができなくなってしまうのかも。
 土台の基礎知識を身につけながらも、学ぶ意欲を持続させられたら。
 大学入試までで燃え尽きてしまうということか。
 俺は、大学入試、受験勉強をせずに、アメリカの大学に行かせて
 もらったのがよかったのかも。
・「足場かけ」という考え方は、ヴィゴッキーの最近接発達領域に基づいている。
 家庭での子育て、職場の新人教育、若手の養成など、
 学校以外の教育場面での観察分析に基づく。
 はじめから全部一人でできる必要はない。手助けすれば
 できることなら、どんどん手助けしてでもできた方がよい。
○職場の新人教育においては
 そこまで手助けできない、自分の仕事で精一杯、
 年柄年中新人を見ておいてやることはできない
 というのが現実だろうな。
 「手助け」の頻度を少なくできれば。
 教える側がいやになるのは、何度も同じことをいわなくてはならないこと。
 足場かけとして、1回は手助けし、その後は自分でできるようになるのが理想。
 でも実際に1回の手助けでできるようになる新人は少ない。
 
 ここでも手助けしてやる周囲のバリエーション、たった一人の指導員だけでなく、
 ほかのメンバーも関わることが解決策になるのかも。
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●インターネットで英語を学べるか
・学校教育の目標は、受験ではない。では何を目標にするのか。
・英語教育に「足場かけ」scafoldingという考え方を持ち込むと、見方が変わる。
 聞き手に手助けしてもらってでも意志疎通できるならよい。
 全部自分一人でできる必要はない。
○これは確かにそうだよなー。
 ヴィゴッキーの最近接発達領域:自分一人では
 できなくても、ほかの人が手助けしてくれればできる。
 いずれは自分一人でできる可能性がある領域。
 足場かけ:いずれは一人でできるよう手助けする。
・穴埋め問題は、テスト的な問題だと思われるが、これが
 実際のコミュニケーション能力をかなり反映する。
・英語を学ぶという場合、英語で何の話をしたいのか、
 そこをはっきりさせておいた方がよい。
○俺は、英語で何をはなしたいのか。
 日本の企業内教育の現状、特に新入社員の育成、職場でのOJT、その成功法則
 普遍的理論を「巨人の肩にたった」上で導き出せれば、
 それを「知識創造企業」のように英語で発信したい。
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●ネットワークで起きたこと、起きていること
・もらったデータを元に「自分たちはこんなことを考えた」
 という事後報告が大事。
・先生一人で社会を代表できない。先生一人では、
 たくさんの子供たちの興味、関心に応じた対応ができない。
・生徒が深く理解するにはどうしたらよいのかを学べる、
 これがネットを使った教育実践の成果
○これは大事だよなー。どうしたら深く理解できるのか。
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●インターネットの可能性
・協調問題解決の利点は、自分一人で考えれば納得してしまいそうなことにも、
 異議を唱える他人がいること。そして、他人に分かってもらおうとして
 自分の考えを深める。
・一緒に考えてくれる仲間を捜す、そのためのネット
○俺が「田舎で独立起業したい」とメルマガを出したときに、
 知恵を出してくれたひとたちは、まさにこれだったんだろうな。
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投稿者:関根雅泰

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